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6.ひとりになりたい
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「柚葉、五日経ったら帰るって」
「五日?」
「インフルエンザだから」
「でも――」
「――待っていたら帰って来るけど」
「でも――」
「――帰ったらきっと、もうこの話はしないでしょうね」
わかっている。
不甲斐ない俺だけど、伊達に十七年も一緒にいたわけじゃない。
柚葉は、自分の気持ちを無理矢理飲み込んで忘れたフリを決め込むために、一人になりたいと言ったのだろう。
いつもそうだ。
柚葉は俺に、全ては曝け出さない。
いつもは、それが妻の優しさだと甘えていた。
それが、俺たち夫婦の在り方なのだと。
だが、きっと、柚葉は我慢して我慢して、我慢してた。
だけど、もう我慢が苦しくなって、俺から離れたかったのではないか。
喧嘩にならないのは柚葉が我慢しているからだって、わかっていたのに――――!
お義母さんが淹れてくれたお茶は少し渋かった。
俺は柚葉が淹れてくれるお茶が好きだ。
違う。
柚葉が、俺の好みのお茶を淹れてくれるんだ。
まだ少し熱い湯呑みをギュッと握る。
「私が結婚した頃はね――」と、義母が言った。
俺は何の話かと、湯呑みを握ったまま顔を上げた。
「――母親同士も名字で呼び合うのが普通だったの。それが、いつからか子供の名前にママをつけて呼び合う母親が増えたって」
「……」
義母の話の意図が読めず、返事に困る。
「今は母親同士も名前で呼び合うんでしょう? 三十も四十も過ぎてちゃんづけで呼ばれるなんて、昔じゃ考えられなかったわね」
そうなのだろうか。
柚葉はあまり、子供の親の話まではしない。
そういえば、子供が仲良くしている友達の名前はなんとなくわかるが、その親との関係まではわからない。
「私の頃は、結婚したら旦那の家の一部って言うの? だから、『誰々さんの奥さん』って呼ばれ方が普通だったけど、それが子供の母親であることが主張され、今では妻であろうと母親であろうと一個人だと主張するように名前で呼び合うらしいの。ワイドショーで言ってたんだけど。それだけ、女が強くなったのかしらねぇ」
「はぁ……」
「私はもう、親も兄弟もいないから、名前で呼んでくれる人はいないけど」
お義父さんはお義母さんを『母さん』と呼ぶ。うちもだ。
子供ができたら、そんなものだと思っていた。
だが、柚葉は時々、俺を名前で呼ぶ。
俺はいつから、柚葉を名前で呼んでいないだろう。
和葉が生まれた後くらいからだ。
柚葉をママと呼んでいた由輝が、俺の真似をして『ゆじゅは』と呼ぶようになってしまい、それを直すために俺は妻を『お母さん』と呼ぶようになった。
「柚葉、って私がつけたの。当時流行っていたドラマの主人公の名前でね? 響きが好きで」と言って、お義母さんがお茶をすすった。
「呼んであげて? 時々でいいから」
「はい」
妻を、子供の母親としか見ていなかったわけじゃない。
けれど、呼び方なんて大した問題じゃないと思っていたのは確かだ。
十五年も夫婦でいたのだから、今更だと。
けれど、『まだ』十五年なのかもしれない。
だって、俺は妻がそんなに前から俺を見ていてくれたなんて、知らなかった。
俺が柚葉にどれほど救われたかを、妻が知らないように。
まだ、未来は十五年以上ある。
「さてと、私は帰るわね。明日の朝はどうしようか」と、お義母さんが立ち上がる。
「俺が! 子供たちを送りだします」
「そう?」
「はい。あ、でも、帰りは――」
「――うん。和葉が帰るまでには来てるわ」
「すみません。お願いします。それから――」
柚葉の居場所を聞こうと思って、やめた。
妻を迎えに行く前に、やらなければいけないことがある。
「――週末、子供たちをお願いします」
今日は木曜日。
五日も、妻を一人にはしておきたくなかった。
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