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7.15年目のホンネ
1
何の警戒もなくドアを開けたのは、母が来ると言っていたから。
ホテルにこもって三日目。私はただボーッと海を眺めていた。
夫には、連絡できなかった。
なんて伝えたらいいのか、わからなくて。
子供たちのことは心配だったから、昨日の夕方電話で話した。
それだけ。
ろくに食事もせず、ひたすら海を見ていたら、悩んでいること全て、どうでも良くなってきた。
夫の元カノのことも、腕時計のことも、名前を呼んでもらえないことも。
気持ちを戻せばいい。半年くらい前に。
私はなにも見なかった。時計にも気づかなかった。
それで、すべて丸く収まる。
そう思っていたのに、夫の顔を見た瞬間、忘れようとした感情が溢れ出てしまった。
咄嗟にドアを閉めたが、閉まりきる前に跳ね返って来た。
困った表情で夫が部屋に入って来る。
私は後退る。
逃げ場などないし、そもそも逃げる必要なんてない。
それでも、平然と向き合う覚悟はできていなかった。
「なん……で――」
「――話をしよう」
「話なんて――」
「――柚葉!」
ビクッと肩が強張る。
呼ばれて嬉しいはずの名前が、死刑宣告のように聞こえた。
「ごめんなさい」
無意識に、言葉が出た。
勝手に家を出た。
家事も子供も放り出して。
妻、失格だ。
母親、失格だ。
「ごめんなさい」
俯いたまま、言った。
自分の爪先を見つめながら、言った。
私も捨てられるのだろうか。
千恵のように、『バイバイ』の一言で捨てられるのだろうか。
「ごめんな――」
「――謝らなきゃいけないのは、俺だ」
私は首を振る。
小さく。段々大きく。
「話をしよう。柚葉が思ってること全部、聞かせてくれ」
私は首を振り続ける。
「この先の十五年も、その先も一緒にいるために、言いたいこと全部、ホンネを言ってくれ」
この先――?
「俺、安心しきってた。柚葉がくれる生活の全部が当たり前のものだって思ってた。家に帰ったら柚葉がいるのが当たり前だって、思ってた……から、広田のこととか腕時計のこととか、柚葉がずっと悩んでて、そのせいでいなくなるとか、考えもしなくて……」
涙で滲む爪先の正面に、キャメルの爪先が現れる。
和輝が気に入って、長く履いている合皮のスニーカー。
私は裸足で、髪もボサボサで、化粧もしていなくて、トレーナーにスウェットのタイトスカート姿。
ゆっくりと視線を上げると、白に薄い青のストライプが入ったボタンダウンシャツに黒のジャケット、揃いのスラックス姿の夫。
このコーディネートは夫のお気に入り。
私のお気に入りでもある。
私に会いに来るのに、この格好を選んでくれたことに嬉しくなる。
なんて単純なんだろう。
自分の単純さに、笑える。
ふっと気を緩めた瞬間、涙が頬を伝い、顎から滴り、爪先に落ちた。
「広田さんと別れ……たこと、後悔してる?」
唐突に、ずっと聞きたかったことが溢れた。
夫は驚いて、閉じた唇をフッと開く。
「してない」
「じゃあ、どうしてお揃いの時計を今も持ってたの!? 大事に、大事にして――」
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「……え?」
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