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16.別れ、新しい出会い
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しおりを挟む「ちょうど会社が危ない時期も重なって疎遠になってしまったが、養育費の支払いと、時々調査会社を使って二人が元気に暮らしていることは確認していた。幾久の母親が死んだと知り、私は十数年振りに彼女を訪ねた。幾久は何も言わずに私を迎えてくれて、別れの理由を話してくれた」
短い沈黙に、肩が力む。
悠久も知らない悠久の家族の事情を、私が聞いてしまっていいものかと思う反面、明堂さんがそれを私に話す理由が気になる。
「幼稚園に入った頃、悠久が言ったそうだ。どうしてお父さんは幼稚園に来ないのか、と」
心なしか、少し気落ちしたように力のない声に驚いた。
明堂さんを『お父さん』と呼んでいた記憶は、悠久には少しも残っていないのだろうか。
「幾久は、怖くなったと言った。父親は確かにいるのに、いないも同然であることを、いつまで誤魔化し続けるのだろうと。そして、いつか、成長した悠久に蔑まれるのではないかと。それを知った私が苦しむのではないかと」
「……」
確かに、父親はそばにいるのに、行事には一切参加せず、人前では『お父さん』と呼ぶことも叶わないなんて、子供にはどう説明しても理解できるはずもない。
なんとかやり過ごしても、多感な年頃になれば、両親の関係を汚らわしいと思うかもしれない。
そうなった時、実際に悠久がどう思ったかはわからないけれど、父親を忘れた悠久はお母様とお祖母様に愛されて、優しい青年に育った。
「結局、幾久の病がわかり、悠久を私に託すことで幾久の恐れていたことは現実となってしまったが、それでも、幸せだったと言った。幾久は、最期の瞬間《とき》まで私に恨み言など言わなかった」
明堂さんは、悠久のお母様の『最後の瞬間』にそばにいたのだろうか。
再会してからずっと、そばにいたのだろうか。
「私は、悠久に会社を継がせたい」
「……悠久さんのお母様の為ですか?」
「それもあるが、悠久にはその素質があると思っている」
「奥様がお許しになりますか?」
悠久を会社から遠ざけたくて、私と逃げるように仕向けたほどだ。絶対に認めることはないと思う。
『夫の愛人だった女の位牌に唾を吐くほどの恨みはありません』
そう言った明堂さんの奥様は、ゾッとするほど無表情だった。
「妻に口出しはさせない。だが、その為にも、悠久と萌花の離婚は許さない」
「それが悠久さんの幸せだとしてもですか?」
「……きみは、半分とはいえ血の繋がった妹の夫を横恋慕して奪い、死の間際に幸せだったと笑えるか」
ずるい。
どう答えても、私は追い詰められる。
「きみは、悠久の為にどんな覚悟を持つ――?」
最初から、私には何もない。
生物学上の父親と妹、戸籍上の母親だけ。
守りたいものも、守らなければならないものも、ない。
誰に何を言われても、怖くない。
けれど、悠久は――?
大企業の頂点に立てる素質があると認められ、その機会がある。
それを、私に奪える――?
地位や名誉が全てとは思わない。
けれど、愛があれば幸せだなんて言えるほど、世間知らずでもない。
私の……覚悟――。
「よく考えておきなさい。悠久の覚悟が決まったら連絡する」
悠久の覚悟……。
私はペコッと頭を下げて、豪華すぎる部屋に最後まで気後れしながら、すごすごと背を向けた。
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