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8.愛し合うということ
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秘書と言えども休日に上司の家に押しかけるなんて、非常識だし失礼だ。
だが、きっと彼女もそれはわかっている。
それでも、電話もしないで家に来たのは、焦りからか決意したからか。
とにかく、私は日向さんが簡単に諦めないだろうと思った。
だから、成悟さんの腕にそっと触れた。
言葉を切って私を見た彼は、私の意図を察して苦笑いした。
私は気にしないでと、小さく首を振る。
「――そこで話していては迷惑だ。今、下りるから待っていてくれ」
モニターが切れる前にチラッと見えた日向さんは、髪が乱れていた。
成悟さんは深いため息を吐く。
「ごめん。ちょっと話してくるよ」
「うん」
成悟さんは何も持たず、部屋を出て行った。
窓越しにゴォーッと風の音がして、こんな強風に晒されたのでは日向さんの髪が乱れるのも当然だろうと思った。
それなのに、彼女は来た。
告白……する気よね。
成悟さんがどういうつもりで彼女をスケジュール管理から外したのかは、わからない。
ふと、小暮さんの顔が頭をかすめた。
私と日向さんの一件を、小暮さんが成悟さんに話したのかもしれない。
ただ、人事部という立場上、あの出来事だけで秘書を外すというのは少し強引だと思う。
現在の世の中、労働者の権利主張が声高に叫ばれていて、労働者の意に添わない人事は、パワハラだと訴えられかねない。
いつかの時代のように、社長や上司の気まぐれで『きみ、明日からあの部署に行って』なんて配置転換などはできないのだ。
経営者である成悟さんも、かなり優秀そうな小暮さんも、そんなことは十分よくわかっているだろう。
その上で自分を成悟さんから遠ざけようとした意味を、日向さんだってわかっているはずだ。
ざわっと胸の奥で砂嵐が吹き、居ても立っても居られなくて、私はリビングを飛び出した。
靴に足を入れようとしてハッとして引き返し、ローチェストの上から成悟さんが置いた鍵を手に取った。それから、スマホ。
そして、洗面所からタオルを一枚持ち、部屋を出た。
成悟さんを日向さんの元まで送り届けたであろうエレベーターが、私を迎えに来る。
逸る気持ちを押さえてじっと待つも、ついタオルを握る手に力がこもった。
エントランスに下りるまでの一、二分で、成悟さんと彼女に何かが起きるなんて思ってはいないが、それでも不安だった。
いつもそばにいて自分のために働いてくれていた日向さんに想いを告げられて、彼がほんの少しも揺らがないかなんて、わからない。
自信をもってそんなことはあり得ないと言えるほど、私はまだ成悟さんを知らない。
私はスマホをポケットに入れ、タオルを胸に抱えてエレベーターを降りた。
ポケットが小さくてスマホが半分入りきっていないから不格好だし、落としそうで歩きにくいが仕方がない。
「好きなんです! 私っ、社長のことを愛しているんです!」
縋るような必死な声色が聞こえた。
愛っ!?
オートロックのドアを入ってすぐ、奥まったエレベーターホールからは死角になる場所に二人はいた。
私は足を止め、靴音を立てぬように壁際に移動した。
「ずっと社長の一番そばにいて、社長のことを誰よりも理解しているのは私です! これからも――」
「――悪いが、俺は日向のことを異性として見たことはないし、きみの気持ちを聞いてもなにも感じない」
成悟さんの低く冷え切った声を聞けば、その言葉が本当だと疑う余地はない。
だが、きっと彼女もそれはわかっている。
それでも、電話もしないで家に来たのは、焦りからか決意したからか。
とにかく、私は日向さんが簡単に諦めないだろうと思った。
だから、成悟さんの腕にそっと触れた。
言葉を切って私を見た彼は、私の意図を察して苦笑いした。
私は気にしないでと、小さく首を振る。
「――そこで話していては迷惑だ。今、下りるから待っていてくれ」
モニターが切れる前にチラッと見えた日向さんは、髪が乱れていた。
成悟さんは深いため息を吐く。
「ごめん。ちょっと話してくるよ」
「うん」
成悟さんは何も持たず、部屋を出て行った。
窓越しにゴォーッと風の音がして、こんな強風に晒されたのでは日向さんの髪が乱れるのも当然だろうと思った。
それなのに、彼女は来た。
告白……する気よね。
成悟さんがどういうつもりで彼女をスケジュール管理から外したのかは、わからない。
ふと、小暮さんの顔が頭をかすめた。
私と日向さんの一件を、小暮さんが成悟さんに話したのかもしれない。
ただ、人事部という立場上、あの出来事だけで秘書を外すというのは少し強引だと思う。
現在の世の中、労働者の権利主張が声高に叫ばれていて、労働者の意に添わない人事は、パワハラだと訴えられかねない。
いつかの時代のように、社長や上司の気まぐれで『きみ、明日からあの部署に行って』なんて配置転換などはできないのだ。
経営者である成悟さんも、かなり優秀そうな小暮さんも、そんなことは十分よくわかっているだろう。
その上で自分を成悟さんから遠ざけようとした意味を、日向さんだってわかっているはずだ。
ざわっと胸の奥で砂嵐が吹き、居ても立っても居られなくて、私はリビングを飛び出した。
靴に足を入れようとしてハッとして引き返し、ローチェストの上から成悟さんが置いた鍵を手に取った。それから、スマホ。
そして、洗面所からタオルを一枚持ち、部屋を出た。
成悟さんを日向さんの元まで送り届けたであろうエレベーターが、私を迎えに来る。
逸る気持ちを押さえてじっと待つも、ついタオルを握る手に力がこもった。
エントランスに下りるまでの一、二分で、成悟さんと彼女に何かが起きるなんて思ってはいないが、それでも不安だった。
いつもそばにいて自分のために働いてくれていた日向さんに想いを告げられて、彼がほんの少しも揺らがないかなんて、わからない。
自信をもってそんなことはあり得ないと言えるほど、私はまだ成悟さんを知らない。
私はスマホをポケットに入れ、タオルを胸に抱えてエレベーターを降りた。
ポケットが小さくてスマホが半分入りきっていないから不格好だし、落としそうで歩きにくいが仕方がない。
「好きなんです! 私っ、社長のことを愛しているんです!」
縋るような必死な声色が聞こえた。
愛っ!?
オートロックのドアを入ってすぐ、奥まったエレベーターホールからは死角になる場所に二人はいた。
私は足を止め、靴音を立てぬように壁際に移動した。
「ずっと社長の一番そばにいて、社長のことを誰よりも理解しているのは私です! これからも――」
「――悪いが、俺は日向のことを異性として見たことはないし、きみの気持ちを聞いてもなにも感じない」
成悟さんの低く冷え切った声を聞けば、その言葉が本当だと疑う余地はない。
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