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10.解雇
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日向は何か言おうと口をパクパクさせたが、結局何も言わずに噤んだ。
服を脱いで迫ったが全く相手にされなかった、なんてこの上なく惨めな事実を公表されたい人間はいないだろう。
結果としては残念としか言いようがないが、俺も小暮も、これまで俺や会社に尽くしてくれたことには感謝している。
だから、間違いであってほしかったし、こんなことは起きてほしくなかった。
「席に戻って片付けを――」
「――日向」
彼女と向き合うのはこれが最後だ。
せめて、と思って俺は小暮の言葉を遮った。
日向が唇をへの字にして涙を堪えながら、俺を見た。
「とても残念だ」
「しゃちょ……」
「俺はきみがきみの意思でこんなことをしたとは思えない」
「……っ」
堪えきれなくなった涙が瞼から溢れる。
「この写真は、きみが撮影したのか? 美空をつけ回して? 小花ちゃんの家はどうやって知った?」
この問いは、お気に召さなかったらしい。
日向は手の甲で涙を拭うと、挑戦的な、敵意にも似た視線を俺に向けた。
「……私は撮ってません。あんな女をつけ回すほど暇じゃないわ」
「なら――」
「――でも! 教えません! 私を拒んであんな女に騙された社長には! ぜぇ~ったい、おしえない!」
顔中に皺が寄りそうなほど、表情を歪ませた彼女は、既に俺が知っている秘書ではない。
日向を『きれいな女性』と言った美空が見たら、瞬時にその言葉を撤回するだろう。
「ず~~~っと、ストーカーの恐怖に怯えてたらいいのよ!」
「な――っ」
思わず前のめりになった俺を、小暮が「社長!」と強い口調で制した。
くそっと閉じた唇の裏側で呟き、彼女が目を背けた。
「席に戻って片付けをしなさい。私は総務部長にきみの解雇を伝えます」
冷静な小暮の言葉が、日向に逃れられない現実を突きつける。
「それから、きみが口を噤んでも事情を知る手段はいくらでもある。この写真がきみの盗撮である証拠を入手し次第、訴えることもできる」
「どうぞ? 私はなにも――」
小暮がスマホを操作し、俺との通話が切れた。
「我々が、盗撮がきみの仕業である証拠を入手するのは容易いが、きみは盗撮をしていない証拠を持っているかな」
「は?」
「何事も、やったことよりやっていないことを証明する方が難しいものです」
日向の表情が強張る。
「たとえば、その写真を持っている誰かが、きみから貰ったと証言するだけでいい」
「室長。そんな挑発には乗りませんよ」
さっきまでの彼女とは打って変わって冷静な声色だが、緊張が見て取れた。
やはり、日向は何か隠している。
今日、このビルを出た彼女が何をするかを考えると、早く白状させてしまいたい。
「証言など必要ない。その写真を受け取った人間のマンションやその周辺の防犯カメラの映像を見ればわかる」
「防犯カメラの映像はそう簡単に見せてもらえませんよ、社長?」
日向がくすりと笑う。が、頬が小さく痙攣している。
「近隣で犯罪が起きれば、警察に提出されるだろう。例えば、大金が入ったバッグをひったくられた、とか。そして、ひったくり犯が偶然にも、きみから写真を受け取った誰かのマンションに逃げ込んだ、とか?」
服を脱いで迫ったが全く相手にされなかった、なんてこの上なく惨めな事実を公表されたい人間はいないだろう。
結果としては残念としか言いようがないが、俺も小暮も、これまで俺や会社に尽くしてくれたことには感謝している。
だから、間違いであってほしかったし、こんなことは起きてほしくなかった。
「席に戻って片付けを――」
「――日向」
彼女と向き合うのはこれが最後だ。
せめて、と思って俺は小暮の言葉を遮った。
日向が唇をへの字にして涙を堪えながら、俺を見た。
「とても残念だ」
「しゃちょ……」
「俺はきみがきみの意思でこんなことをしたとは思えない」
「……っ」
堪えきれなくなった涙が瞼から溢れる。
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この問いは、お気に召さなかったらしい。
日向は手の甲で涙を拭うと、挑戦的な、敵意にも似た視線を俺に向けた。
「……私は撮ってません。あんな女をつけ回すほど暇じゃないわ」
「なら――」
「――でも! 教えません! 私を拒んであんな女に騙された社長には! ぜぇ~ったい、おしえない!」
顔中に皺が寄りそうなほど、表情を歪ませた彼女は、既に俺が知っている秘書ではない。
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「ず~~~っと、ストーカーの恐怖に怯えてたらいいのよ!」
「な――っ」
思わず前のめりになった俺を、小暮が「社長!」と強い口調で制した。
くそっと閉じた唇の裏側で呟き、彼女が目を背けた。
「席に戻って片付けをしなさい。私は総務部長にきみの解雇を伝えます」
冷静な小暮の言葉が、日向に逃れられない現実を突きつける。
「それから、きみが口を噤んでも事情を知る手段はいくらでもある。この写真がきみの盗撮である証拠を入手し次第、訴えることもできる」
「どうぞ? 私はなにも――」
小暮がスマホを操作し、俺との通話が切れた。
「我々が、盗撮がきみの仕業である証拠を入手するのは容易いが、きみは盗撮をしていない証拠を持っているかな」
「は?」
「何事も、やったことよりやっていないことを証明する方が難しいものです」
日向の表情が強張る。
「たとえば、その写真を持っている誰かが、きみから貰ったと証言するだけでいい」
「室長。そんな挑発には乗りませんよ」
さっきまでの彼女とは打って変わって冷静な声色だが、緊張が見て取れた。
やはり、日向は何か隠している。
今日、このビルを出た彼女が何をするかを考えると、早く白状させてしまいたい。
「証言など必要ない。その写真を受け取った人間のマンションやその周辺の防犯カメラの映像を見ればわかる」
「防犯カメラの映像はそう簡単に見せてもらえませんよ、社長?」
日向がくすりと笑う。が、頬が小さく痙攣している。
「近隣で犯罪が起きれば、警察に提出されるだろう。例えば、大金が入ったバッグをひったくられた、とか。そして、ひったくり犯が偶然にも、きみから写真を受け取った誰かのマンションに逃げ込んだ、とか?」
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