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10.解雇
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「――もう十分だろ」
聞くに堪えない嘘塗れの言葉に、俺は思わず声を発した。
そして、会議室の対面、ドアを正面から捉える位置まで移動すると、あまり使われることのないホワイトボードの後ろにスマホを貼り付けてあるテープをバリッと勢いよく剥がした。
「え――?」
小さく短い日向の声を無視して、俺はスマホを彼女に向けた。
「なに、それ……」
「この部屋に入ってからの全てを、小暮と共有していた」
「は?」
スマホ越しに見る日向は、マンションに押しかけてきて美空を前にした時の、俺が最も醜いと思う『女の表情』をしている。
小暮は彼女に自分のスマホの画面を見せた。
そこに映るのは、俺が撮影している彼女の姿。
「なによ、それ!」
「休日にマンションまで来るような女性と二人きりになるのに、何の対策もしないと思うか? 俺も、見くびられたものだな」
「ハメたのね!?」
「人聞きが悪い。そもそも、俺を呼びだしたのはきみだろう? 俺は何事もないことを証明するために、小暮と情報を共有したまでだ。それに、業務時間中に、社内の共有スペースで話をするとなれば、業務に関することだと思うだろう? ならばなおさら、秘書である小暮との情報共有は鉄則だ」
日向が「ぐっ――!」と息を噛んだ気がした。
美空が小花ちゃんから受け取った、少し皺の寄った写真を見せて、問い詰めるつもりだった。
写真を撮ったのは、それを小花ちゃんに渡したのは、日向かどうか。
ところが、呼び出す前に呼び出された、見せる前に見せられた写真は、加工前か後かわからないが、とにかく別のものだった。
今日、この場において全ては俺に分がある。
だからこそ、おかしいとも思う。
こんな写真を見せれば、自分が盗撮したと疑われて当然だ。
その上、俺から美空、美空から元カレ、元カレから小花ちゃんへと辿り着くのは容易なことではない。
日向にそんなことができるだろうか……?
プロを雇ったなら話は別だろうが、そこまでするだろうか。
そしてもう一つ、気になっていた。
日向はさっき、写真を撮ったのも撮らせたのも自分ではないと言った。
鵜呑みにするわけではないが、俺に関係を迫るためなら、濁しはしても否定するのは悪手だろう。
写真の出所は気になる。
だが、今は――。
「日向真海、きみを懲戒解雇とする」
本来は通知文を渡すべきなのだが、この場にあっては仕組んだことがバレてしまう。
俺はまず、口頭で通告した。
「理由は――」
「――解雇!?」
日向の金切り声が会議室に響く。
声だけではない。
カッと見開いた目は血走っていてもおかしくないほどの形相だが、それを確認するほど近づきたくはない。
「就業規則第十条の八項、企業の秩序や風紀を乱したり――」
「――秩序も風紀も乱していません!」
「業務中に上司を呼び出して業務外の話をした挙句、裸になって関係を迫るのは十分秩序も風紀も乱している」
「それは――っ」
「日向さん。社長の言葉を遮るのをやめなさい」
小暮が静かに言った。
「我々はこの会議室でのことを公表したくはない。きみが秘書室から異動になった原因が解雇理由に抵触することを、解雇理由としたい」
「脅しですか? 最初から、そのつもりでカメラを仕込んでいたんですか!?」
日向が興奮して、今にも小暮に掴みかからん勢いで声を荒げる。
「いいえ。私も社長も、何も起きないことを願っていたんですよ。なのにきみが、起こしてしまった。自業自得です」
「そんなこと――」
「――きみがこのまま、黙って解雇を受け入れるのなら『度重なる業務上の失態』を理由としよう。それを不服と言うのなら『社長へのセクハラ』が理由となる。もちろん、映像は証拠として取締役会議に提出する」
「~~~っ!」
聞くに堪えない嘘塗れの言葉に、俺は思わず声を発した。
そして、会議室の対面、ドアを正面から捉える位置まで移動すると、あまり使われることのないホワイトボードの後ろにスマホを貼り付けてあるテープをバリッと勢いよく剥がした。
「え――?」
小さく短い日向の声を無視して、俺はスマホを彼女に向けた。
「なに、それ……」
「この部屋に入ってからの全てを、小暮と共有していた」
「は?」
スマホ越しに見る日向は、マンションに押しかけてきて美空を前にした時の、俺が最も醜いと思う『女の表情』をしている。
小暮は彼女に自分のスマホの画面を見せた。
そこに映るのは、俺が撮影している彼女の姿。
「なによ、それ!」
「休日にマンションまで来るような女性と二人きりになるのに、何の対策もしないと思うか? 俺も、見くびられたものだな」
「ハメたのね!?」
「人聞きが悪い。そもそも、俺を呼びだしたのはきみだろう? 俺は何事もないことを証明するために、小暮と情報を共有したまでだ。それに、業務時間中に、社内の共有スペースで話をするとなれば、業務に関することだと思うだろう? ならばなおさら、秘書である小暮との情報共有は鉄則だ」
日向が「ぐっ――!」と息を噛んだ気がした。
美空が小花ちゃんから受け取った、少し皺の寄った写真を見せて、問い詰めるつもりだった。
写真を撮ったのは、それを小花ちゃんに渡したのは、日向かどうか。
ところが、呼び出す前に呼び出された、見せる前に見せられた写真は、加工前か後かわからないが、とにかく別のものだった。
今日、この場において全ては俺に分がある。
だからこそ、おかしいとも思う。
こんな写真を見せれば、自分が盗撮したと疑われて当然だ。
その上、俺から美空、美空から元カレ、元カレから小花ちゃんへと辿り着くのは容易なことではない。
日向にそんなことができるだろうか……?
プロを雇ったなら話は別だろうが、そこまでするだろうか。
そしてもう一つ、気になっていた。
日向はさっき、写真を撮ったのも撮らせたのも自分ではないと言った。
鵜呑みにするわけではないが、俺に関係を迫るためなら、濁しはしても否定するのは悪手だろう。
写真の出所は気になる。
だが、今は――。
「日向真海、きみを懲戒解雇とする」
本来は通知文を渡すべきなのだが、この場にあっては仕組んだことがバレてしまう。
俺はまず、口頭で通告した。
「理由は――」
「――解雇!?」
日向の金切り声が会議室に響く。
声だけではない。
カッと見開いた目は血走っていてもおかしくないほどの形相だが、それを確認するほど近づきたくはない。
「就業規則第十条の八項、企業の秩序や風紀を乱したり――」
「――秩序も風紀も乱していません!」
「業務中に上司を呼び出して業務外の話をした挙句、裸になって関係を迫るのは十分秩序も風紀も乱している」
「それは――っ」
「日向さん。社長の言葉を遮るのをやめなさい」
小暮が静かに言った。
「我々はこの会議室でのことを公表したくはない。きみが秘書室から異動になった原因が解雇理由に抵触することを、解雇理由としたい」
「脅しですか? 最初から、そのつもりでカメラを仕込んでいたんですか!?」
日向が興奮して、今にも小暮に掴みかからん勢いで声を荒げる。
「いいえ。私も社長も、何も起きないことを願っていたんですよ。なのにきみが、起こしてしまった。自業自得です」
「そんなこと――」
「――きみがこのまま、黙って解雇を受け入れるのなら『度重なる業務上の失態』を理由としよう。それを不服と言うのなら『社長へのセクハラ』が理由となる。もちろん、映像は証拠として取締役会議に提出する」
「~~~っ!」
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