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第7章 光ある文化祭 ─優しさと後悔の罪─

99時間目 去年みたいな空気

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 衣装を着用し、動作に異常がないか確認した俺たちは、体育館から引き払い、自教室へと向かった。

「遼太郎……。くくっ、あー、何度思い出しても笑える……」

「もー、敦志! そろそろいい加減にしてくれないかな!? そんなに笑われると恥ずかしいよ……」

「いや、だって……」

 遼太郎は、あれから俺が笑う度に怒っている。

 でもしょうがねぇじゃん。結構サマになっているから、面白くてついつい笑っちゃうんだよ。

「そ、それより! 教室向かったら一度パート1を通すからね? 敦志のシーンもあるからね!」

 なんだか、遼太郎は小学生のときに見た、「ちょっと、ちゃんと掃除してよ男子」を言う子みたいに俺をとがめた。ごめんて。

「通しは初めてだね。時間も時間だし、今日は通しでおしまいかな?」

「だなぁ。最終下校時間が19時だからそれまでには……帰りたい」

 元々、俺たちの学校は他の科を受けている生徒でも最終下校時間は18時なのだが、文化祭の準備期間は19時に延長される。

 それまでは、黙々と衣装や小物を作成するために作業をする者や、演技の舞台を整える者、去年の俺たちのように部屋にこもってギターを弾く者、今の俺たちのようにセリフを覚える者が必死に動く。

 文化祭は、本番よりも準備期間が楽しいとよく言うが、本当にそうだと思う。

 でも俺は、本番も楽しいと思う。だって、自分自身を一番だせているのが本番だからだ。

 テンションに身を任せ、その場のノリで盛り上がり、皆を奮い立たせる。

 俺は、準備期間も好きだが、やはり、本番が一番好きで楽しい。

 さぁ、待ってろ二週間後。

 去年と全く変わっていないこの空気。これが、俺は、一番楽しいんだ。

──

「……働くってしんどい……」

 僕こと、百合はくごう橙太とうたは、慣れない労働にすっかり疲労していた。

 バイト先であるコンビニは、高校の頃からの友人である睡蓮すいれんが店長(仮)としてやっている店だ。

 なんで(仮)なのかというと、店長である人は、水疱瘡みずぼうそうにかかってしまい、入院中らしい。

 ちなみに、高橋敦志という高校生がバイトを始める前からその店長は色々な病気や事故に巻き込まれるようになったらしい。

 もう神隠しにでもあってるんじゃない? その人。

 それは、さておき、僕が疲労している理由はもうひとつある。

 それは、中学の頃の元カノである神谷かみや心結みゆうという現役大学生がいるからだ。

 今年の春に僕らは、再会し、睡蓮に背中を叩かれ、少しずつ、心のなかにあった後悔をなくすことが出来た。

 心結はどうか分からないけど、今の僕は心結とちゃんと話せる自信がある。

 睡蓮は、僕と心結がシフトが被らないように調整してくれていることは知っている。

 けど、それにいつまでも甘えるわけにはいかない。

 昔みたいな甘い空気は僕らにだすことは出来るのだろうか。

 恋人と仲のよい先輩と後輩という関係のあの空気を。
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