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二
第十八話
しおりを挟む三学期は他の学期と比べて容易い。そんな勝算が原動力の一因ともなっていた。
長く欠席をしたことである程度の時間稼ぎが叶い、正味二カ月ほどの登校で済ませられること。そしてここをクリアすることでひとつの節目が終了、ある種の達成感が得られること。更には次学年への意識が生徒の注意を引き、現実がやや上の空となるせいか、視線が逸れること。
これは正に、日陰を好む人間からすると好都合なのである。だからこそこの学節は割と前向きに捉えられるのだ。
ただ瑞樹への風当りは一層厳しいものとなっていた。
あと何日、あと何日と念じながら、必死に生き永らえた。帰宅する度に様子を窺う母の存在が初めて煩わしいと思った。それが故の罪悪感にも苛まれた。
やがて負の蓄積が毒となり、血液を汚し始める。そのうちに本当にこのまま乗り切れるのか、と勝算が不安へと変わっていた。
気がつけば無性に腹が立って、物者を睨みつけていた。仕舞いには道理に酷く暗くなり、何故こんなことをしているのか、わからなくなった。もううんざり、うんざりだと心が悲鳴を上げていた。
「瑞樹…」
「うるさいっ!」
空気が一瞬にして、張りつめた。
ああ、やってしまった……
ベッドにうつ伏せになり、枕で顔を覆った。唯一自分を保っていた糸のようなもの、それがプツンと切れ、全てが崩れ落ちていく。
夢か何かであってくれ。
そんな願いも裏腹に、激しい自責の念が忽ちに襲って来る。一番してはいけないことを、してしまった。この世でたったひとり我が身を案じてくれ、そして守らなければならない人。そんな人を傷つけてしまった。
もう後戻りはできない。後悔が涙に変わり、次から次へと流れ落ちた。
翌朝、瑞樹は早々に家を出た。
この泥沼の心境にはそぐわず、ほんのり温かな空気が身体を包み込む。
もうすぐ、春が来る。
ほのかに膨らんだ桜の蕾。同じ絶望の中に居ても、あの頃はせめて罪のない人間だった。心はどん底でも、清い川が流れていた。今ではこの汚いドブ川も同然だ。
ちゃぷちゃぷと不快な臭いの発する水面をひとり佇み、ぼーっと眺めた。
あれから母は何もしては来なかった。姿も見ていない。きっと泣いているだろう。この愚かな息子のせいで。
一緒に逃げていたら、こんなことには、ならなかったのかな。
朝日がゆっくりと照らし始めると、背けるようにして、歩き出した。
「失礼します」
扉を開き、一礼して入室する。
太々しいその偉そうな面を前にして、着席した。すると目も合わさずにぶつぶつとマニュアル通りの評価をし始める。
お前に俺の何がわかる、との反発心を隠し、質問には適当に、はい、いいえ、わかりません、で応答した。
無意味な面談。
こいつは問題の本質を一生見て見ぬ振りをしながら過ごすつもりでいるのか。給料が貰えればそれで万々歳、良心の呵責などこれっぽっちもないのだろう。それで『教師』が務まるなんて、本当に馬鹿馬鹿しい世の中だ。
起立し、失礼しますと礼をしてドアに向かったその瞬間だった。
「おい」と引き止められる。
その背中に教師はこう投げかけた。
「お前顔色悪いな。いいんだぞ無理して来なくても」
戦慄が身体中を、走り抜けた。
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