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二
第十九話
しおりを挟む花より夢中の宴会客、その賑わいを通り抜け、狭くうねり曲がる道をしばらく歩くと、やがてカラオケや手拍子の音も小さくなる。肩からずれ落ちるクーラーバッグを幾度か掛け直しながら、更にその先を進んで行くと、二人は立ち止まった。
見上げる先には樹齢四十年を超えるソメイヨシノの大木。
「わぁ、綺麗だねぇ」
昼の趣と違い、夜桜はまた幻想的であった。衰えを知らず枝先をも埋め尽くすまでぎっしりと開いた花々が春風にそよいでいた。
さわさわと音をさせながら、ひらひらと舞い落ちる花弁。それを掴もうと夢中で駆けて行ったあの頃の自分をそこに見て、顔を綻ばせる。
あれから母は、何事もなかったかのように明るく振舞った。
家に帰ると「おかえり!」と笑った。内心ほっとしたものの、出来た歪が解消されるわけではない。
そこからすれ違いは生じた。以前感じていた憩いは、違和感へと姿を変える。母の笑顔もいつしか響かなくなった。止まらぬ不協和音がじわりじわりと心を不安にさせる。
それに瑞樹は、あのまま不登校となっていた。
「ねぇ、あそこ、座ろ」
二人はいつものスポットに、いつものピクニックシートを敷いた。暗黙に決まった家族の位置、そこに自然に腰を下ろしていた。あの頃が再現される中で、再現できないものがあることが、虚しい。
母は手際よく重箱を開き、盛り付け、渡してくれる。それからビールを注ぐと、「はい、お父さん」と言って向かい側に置いた。
平静を装う母であるが、声は震えていた。
突然花見をしようと言い出したこと、苦痛を味わってまでやる理由が、わからなかった。
「ほら、食べよ」
と急かされ、いくつか口に運ぶ。
状況を咀嚼するように、ゆっくりと噛み締め、ごくりと飲み込む。昔と変わらない美味しさに、目頭を熱くした。
そんな中でも、桜は凛として堂々たる姿を彼らに魅せつけていた。
この華やかさを前に言葉は要らない。賑やかでなくてもいい、大切なのはそこにある美を慈しむこと。
それだけでいい。
三人でなくたって、いい。
いつまでも減らないその酒は泡を失い、振動に反応しては輪を描いていた。とてもキラキラと輝くので空を見上げると、今宵は満月であることを知る。
お父さん……
ふとあの暴言が脳裏を掠め、立場なく俯いた。
「ねぇ、来て」
母は立ち上がると靴を履きながら、幹の方へ向かった。あそこには恒例のフォトスポットがある。丁度良く横に伸びた太枝に父子で跨り、「いくよー!」の掛け声で母が下から写真を撮ってくれた。
どうやらそれをしたいらしい。
木登りの手助けをすると今度はおいでおいでと誘うので、仕方なくそれに続いた。
『ほら、ここに手を置いて、ここに足を掛けるんだ』
父が教えてくれたそのステップは、しっかりとまだそこにあった。頑張れども難しく、仕舞いには抱え上げて乗せてくれた。そんな思い出深いこの大きな木、今はすんなりとひとりで、登れていた。
すーっと冷たい風が頬に触れる。
独特の蒼々とした匂い。薄桃色に包まれたその空間は、外界の憂鬱をしばし忘れさせた。
「ほら、入って入って」
と精一杯手を伸ばすので、素直に顔を寄せる。
パシャッと写したセルフショット、二人の瞳には微かな輝きが宿っていた。
母は身動きもせずそれをじっと見つめていた。一片、また一片と舞い降りる花が彩を添えていく。
すると言った……
「瑞樹、愛してる。心から、あなたのことを。」
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