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三
第二十七話
しおりを挟むまさかだった。
死なせるならまだしも、死ぬなんて。
今でも記憶は生々しく胸に刻まれている。ペッとガムを机上に吐き捨てるあの仕草。そして左頬をにやっと吊り上げ笑うのだ。あの顔に死んでしまえ、とどれほど念じていたことか。ただ、こうして現に死なれると、動揺しかない。恐ろしい願いが叶えられてしまった。
両手を開いて、見つめた。
『いじめの事実は確認できませんでした』
以来、一貫して沈黙を続けていた学校側は突如こう発表した。
「信用できない!」
「説明会をしろ!」
と、保護者は怒り心頭で、学校へ押し掛ける騒ぎとなった。絶好の被写体とあらば記者も盛り上がり、パシャパシャパシャッとフラッシュの軽快な音が天高く響いた。
ただ、かつてモンスターペアレント扱いされていた母はその勢いには乗らず、二の足を踏んでいた。
いつも通りに朝食を作り、弁当を作り、家事をこなす。それ以外にできることがない、そして言えることもなく、虚しさばかりが募りに募る。
事情を話した時の我が子を見たら、自分の入る余地をどうしても感じられなかった。
「……高校の男子生徒が自殺した件で、当初学校側はいじめの事実について……」
そんなある朝、ふとこんなフレーズを耳にする。バシャッとおもむろに皿を置き、蛇口を閉める。急いでテレビの音量を上げた。
「……週刊誌にリークされた情報によりますと、自殺した少年はいじめを受けていた、と言うことです。元々仲が良かった少年Aと少年Bは、ある時からこの少年に対し暴言を吐き、その後、殴る、蹴るの暴行へとエスカレートして……」
背後に息子の影を感じた。
「じゃあ、行ってくるね」
それだけ言って玄関へ消える。扉がガシャンと大きく一度、音を立てた。
涼しい風がすーっと吹き抜け頬をくすぐる。
新たな季節の訪れ。やがて徐々に寒くなり、そして冬が来る。時はそれを来る日も来る日も繰り返していく。そこに誰がいようと、いまいと。
ちゃぽちゃぽと不快な調子で、今日もドブ川は流れていた。橋に差し掛かると、無意識に足を止める。生臭い臭いがつんと鼻を通り抜け、肺に落ちる。瞼を閉じ、しばらくすると鞄を柵にバサッと置いて、凭れ掛かった。
水面はゆらゆらと揺れ光が照り返す。そこから漏れた明かりが隅々まで汚染を照らしつけていた。プクプクと水泡が浮かび上がり、プチッと弾ける。
『昔は子供がたくさん集まって、どじょうなんかを掬ってたみたいよ』
きっとこの辺りいっぱいに楽しい人の声が響いていたのだろう。
深くため息をつくと、ファスナーがカランと音を立てた。
そうだ、手紙……
と取り出すと、緩やかなカーブを帯びている。
どうしよう、直るかな。
クイックイッと逆側に曲げながら再び、歩き出した。
「下がってください! 下がって!」
以前にも増して、いい大人達がおしくらまんじゅうを必死に繰り広げていた。そんな我が未来予想図を前に、少年少女達はただ無言で通り過ぎる。
「ねぇ、誰だろうね、リークしたの」
「あいつらさ、今日来てないみたいよ」
「うちもさ、親めっちゃ怒ってて。今日怒鳴り込みに行くって言ってたよ」
「ねぇ、リークとかしたらさ、お金とか貰えんのかな」
「情報料? ヤバい」
「あ、あたし知ってるよ、ちょっと。何かさ、スマホ壊されたって、スゲーキレられてたらしいよ」
「マジで? それ言ってみれば?」
「はい、みんなー、席についてー」
雑談終了の使いが不機嫌な面で一声を放った。
「先生、ニュースでやってたことって、本当なの?」
「はい、静かにして。デマが拡散されて、迷惑してる生徒がいるの。その人達の為にも、余計なことは言わないこと。わかりましたね」
デマとは、当日からSNS上で繰り広げられた噂話のようだった。繋がりを持たない瑞樹にはどうでもいい話だが、この教師の言い草には妙にしこりが残った。
そんなもやもやを振り払うべくか、カッカッカッと黒板は厄払いのようなリズムを奏でていた。こうやって校内にいれば本当に何もなかったのかと思うほど、錯覚を起こしそうになる。
「はい、ではこの問題を解いてもらいます。出席番号の……」
解く重要な問題が他にあるだろうと、喉元まで出かかる。
「竹平君」
「はい」
と立ち上がった者は、あの学生だった。教壇に上がり、計算式を羅列していく。
「海斗くーん!」
「よう海斗」
と親しみ深く呼ばれるこの人気者は、ただ最近では灯が消えたように大人しかった。こんな状況下だから、と同情の目をその背中に向ける。すると、スムーズに運んでいた筈のその右手が、ピタッと静止した。
何か様子がおかしい、と感じたのは瑞樹だけではなかった。
「わかりません」
この者は、黒板に向かったまま、そう言った。
「え? わからないの? もう少しよ」の後、また「わかりません」と繰り返した。
「……じゃあいいわ、座って。それでは、次の人」
この女教師が動揺を見せるのは、極めて稀だった。
周囲はざわついている。皆が座席に戻るその影を、追った。
「桜井君」
一瞬、全員と目を合わせたような気がした。
瑞樹は立ち上がる。ドキドキドキと鼓動が身体を揺らして、止まらない。
「どうしたの? 早く来なさい」
その言い草に、ふと目頭が熱くなる。
お前に、何がわかる。
言い様のない憎悪が溢れ出した。
「……わかりません」
「え?」
更なるざわつきが包み込む。
瑞樹はもう一度「わかりません」と、言った。
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