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三
第三十四話
しおりを挟む自信作を丸筒に入れ、来る日も来る日も、足繁く通った。
人影はない。
そうこうしている内に、桜は立派に開花を遂げていた。ひとり夜桜を眺めながら裏門を背もたれにし、途方に暮れる。
もう、会えないのかな……
それにしてもあの夜、一体何をしていたのだろう。
よくよく考えれば、とても不思議だった。年齢としては同い年か、それよりも若く見える。施設だって閉まっている筈で、柵を乗り越えて誰かと密会するタイプだなんて、どうしても思えない。
考えれば考える程、迷宮に入り込むようで、混乱した。
不思議と言えば、こんなに執着しているのもまた、不思議であった。助けてもらい心の底から感謝をしている。命の恩人であることは間違いないのだけれど、膨らみ続けるこの想いはそれをも遙かに超えているようだった。
会う度に魔法にかけられたかのように、もっと会いたい、近づきたい、という衝動に駆られるのだ。すっかり魅了され、虜にされた夢遊病者のように。
手を額に当て、顔をブルブルと振る。あまりにのめり込み過ぎて深みに嵌り、気がおかしくなりそうだった。
腹の息を全て吐き出し、呼吸を整える。見上げれば、満ちし月がぽっかりと浮かんでいた。
あの子の瞳の奥に感じるもの……それは父だったのだろうか。
そう考えると、妙に納得がいった。心に空いた穴を埋めるための行動であったのか。自分があの子に縋る理由は、それ以外にない気がした。すると無性に情けなさが襲い、ぐったりとうなだれる。
一体何やってんだ……こんなこと、もうやめにしないと。
ギュッと瞼を閉じ、決意を固め、解放した。絵を徐に取り出し、その真中に手を掛ける。指が抵抗し、小刻みに震えるが、勢いよく力を込めた。
「あなたは」
と聞こえたのは、そんな時だった。
そこにはいつか出会った施設の女性が、立っていた。
「ルカ君の、お友達の方ね」
瑞樹はバツ悪し気に、俯いた。
「お名前、伺ってもいいかしら?」
「桜井、瑞樹です……」
「桜井瑞樹君、素敵な名前ね」
その微笑みの奥を訝った。通報でも受けたのだろうか、と。
身を竦め、「すみません、何度も来てしまって……」と頭を下げる。
ふいに、涙が零れ落ちた。
「あらあら」
とその人は近づき、ハンカチを差し出す。
「ごめんなさいね。怖がらせてしまったかしら」
そう言って、ゆっくりと背中を擦った。
「いいのよ、何度来ていただいても、いいの」
温かいその手、穏やかに響くその優しい声。心が溶かされていくようだった。
「でもね……あの子はもう、卒業してしまったの」
視線を落とし、申し訳なさそうに、そう言った。
身体中の力が、一気に抜けていく。共に、丸められた画用紙が手を離れ、転がった。
まぁ、と漏れる感嘆の声。
女性は拾い上げ、そっと開いた。
「懐かしいわ……上手ねぇ、本当に」
愛しい我が子を迎え入れるような、そんな表情だった。
ピューッと春風が通り抜ける。
それになびく髪。
蒼々とした木々の匂いが、二人を包み込む。
「瑞樹君。私ひとつだけ気づいたことがあるの」
風の行方を追うようにして、そう呟いた。
「あの子のすること、そこには必ず意味があるの。とっても大切な意味が」
薄桃色が月明かりに照らされ、とても美しかった。
ブルルルと携帯が鳴る。
女性は再び微笑み、絵を手向けた。
言葉にならない感謝の気持ち。
瑞樹は代わりに精一杯の笑顔を作った。
駅への道すがら、携帯を取り出す。
『ルカ君に、会えた?』
と茅野からのメッセージ。
『会えなかったけど、もういいんだ。』
と返信し、ウィンドウを閉じる。
パッと映し出された画面に、ふと目を奪われた。
──そこには必ず意味がある
瑞樹はすぐさま、走り出した。
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