新世界～光の中の少年～

一

第三十七話

「おう」
　サーバーに案内されると茶髪パーマの男性が手を振った。
　よく見ると、海斗だった。
「あぁ、ちょっとな」
と照れ笑いし、指先でカサカサとそれを弄る。
　どうやら弾けていたのは、美大生だけではないようだ。
「大丈夫なのか？　教育学部なんだろ？」
「うん、まあいいさ。言われたら直しゃぁいいし。ほら、そんなことよりお祝いだ。乾杯するぞ、と言っても、まだ酒は呑めないがな」
　居酒屋と言われる所に訪れたのは初めてだった。浮かれ調子の人々の気分は更に上々の様子だ。二人はタッチパネルで、食事と乾杯用のウーロン茶を二つ注文した。
「それでは、入学おめでとう！」
　予想を上回る声に、周りの視線が突き刺さる。瑞樹は頬を赤らめた。
「やっぱり、これじゃ味気ないな」
「別に、構わないけど」
「あぁ、そうか？」
　会話はそこで途切れる。クラスのムードメーカーも寡黙な瑞樹を前にしては、無力だった。

　春休みが終わってからも、海斗はちょこちょこ話しかけて来た。輪に入れようとしてくれていたのだ。だが瑞樹は躊躇した。それでも諦めずに、隙あらば大学の話題を持ち掛けた。
「あれ？　お前はてっきり美大を志望するのかと、思ってた」
　ある時大学の資料を覗き見て、そう言った。
「いや……あれは、趣味だから」
「ふーん。まぁ、建築も言わば、アートみたいなもんだもんな」
　そのさりげない一言は、意外にも瑞樹の心を揺り動かした。
　書斎で資格資料をどさっと積み上げ、ひたすら勉強に励んでいた。それが自分の進むべき道だと、信じて疑わなかった。
　そこに初めて、『自分は本当にそうしたいのか？』と問いかける。
　一級建築士登録証明書とある壁の額縁を見ると、そのガラス面がキラッとライトに反射した。
　答えはＮＯではない。ただ、ＹＥＳでも、なかった。
　その後しばらくして、瑞樹は再び本屋へ、出向いた。

「お待たせしました。こちら、手羽揚げになります」
「おー、旨そっ。ほら、思う存分食え、今日は俺の奢りだからな」
「いや、いいよ」
と笑って、祝いのパーティが始まる。
　運命を変えたこの者は卒業後突然、電話番号を交換しようと言って来た。今日はその電話が、初めて鳴った日。
「あのさ、俺はお前に、謝らなければならないことがある」
食事が済むと急に海斗は畏まった。その神妙な面持ちに、瑞樹は手にしたばかりの水を、またテーブルに戻す。氷がカランと冷ややかな音を、鳴らした。
「高校の時、お前に何もできなかったこと、そして、」　
　一度深く息を吸い込むと、次の言葉を、吐き出した。
「週刊誌にリークしたのは、俺なんだ」