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第四十三話
しおりを挟む「あの子、来なくなっちゃったな」
海斗は背もたれに仰け反り、両手を後頭部に当てながら、ぽつりと言った。
「そうだね、やっぱり、傷つくよ。そんなことがあったら」
茅野は目を落とし、呟く。
大学生の三人組はこうしてバイト終わりによく、集まるようになっていた。そろそろ夏休みも終わりに近づき、思い残すことと言えば、その出来事だった。
「施設があるんだろ?この近くに。そこ行ってんのかな、やっぱ」
その言葉に、茅野は「うん……」と返し、ちらっと瑞樹を意識する。ルカを必死で探していたことを知っていた。『もういいんだ』と送ったメッセージを最後に、何も聞いては来なかった。
「ん? 花、描いてんのか?」
海斗が覗き込むと、「綺麗だね、野ばらかな」と茅野が続ける。
それは、少女のスカートに咲き乱れていた、あの模様。目に鮮明に焼き付いて離れなかった、そのシミまでも。綺麗に取り除けたらいい、と願掛けのつもりなのか、手が勝手に動いていた。
「なぁ、あれ……」
海斗の言葉に振り向くと、窓の外へ指を差している。
その先には女性の後ろ姿があった。
「花……」と茅野が反応する。ゆらゆらと揺れるスカート、そこには瑞樹の花が咲いていた。
「俺、行って来る!」と、海斗が飛び出す。
暗がりに消え行く姿、残された二人は固唾を吞み、見守った。
「なんか、ドキドキする」
茅野は当日現場には居合わせなかったが、あの子のことは知っていた。いつもにこにこ幸せそうだったと、同じ印象を抱いていた。
キョロキョロと自動ドアを気にする。既に夕食の時間帯は過ぎており、人の行き交いは僅かばかりだった。
そして幾人かそこを通過した後、海斗が現れた。
「海斗君っ!」
彼は勝ち誇った貫禄でこちらに向かって来る。ちらちらと後ろに垣間見えるその影は、やはりあの少女だった。迎え入れる二人は共にパッと顔を輝かせるが、その子は俯いていた。
海斗が席に促すと、大人しく従う。小柄なその身体が、余計に小さく見えた。
「瑞樹、それ、いいか?」
と聞かれ、海斗に紙と鉛筆を渡すと何かを書き込み、皆の方に向けた。
『この前は不快な思いをさせ、すみませんでした。またどうか、来てほしいです。こちらは茅野、瑞樹、僕は海斗です。よろしくお願いします!』
すると少女に、仄かな明るさが灯った。筆記用具を譲り受け、こう書き込む。
『私は美亜です。よろしくお願いします!この前は、助けてくださって、ありがとうございました。』
それを見せ、深くお辞儀をした。
幾分打ち解けた皆々の筆談は、その後も続いた。
最近引っ越し、あの施設に通い始めたこと、ここのフィッシュバーガーは最高であること、そしてヘブンズバーガーの店員は更に最高であること、ありとあらゆることを会話した。
時には、フフフッ、アハハッ、そうかぁ、などと声が漏れ、何とも不思議な時間が過ぎ去った。
帰り道、瑞樹と美亜は駅の近くまで、同じ方向だった。彼女は興奮冷めやらぬ様子で、会話が止まらない。携帯に色々と打ち込んでは見せて来て、微笑んだ。
内容は施設でこんなことがあった、あんなことがあった、という話。とても嬉しそうに話すので、『施設楽しい?』と聞いてみた。美亜は笑みを更に広げ、うん!と頷く。
素敵な所だとは感じていたが、やはりそうらしい。ルカは旅立つ前、ここで楽しい思い出を作れていたのならそれは良かったと、そう思った。
家に帰ると、自室へ向かう。
引き出しをすっと引いて中を見つめた。
淡いピンク色のハンカチは、あの時の桜を思い出させた。
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