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一
第四十四話
しおりを挟む美亜はそれから度々訪れるようになった。バイト終わりの集会にもちょくちょく顔を出した。そしてよく話をした。
海斗は瑞樹の手前本調子が出ないので、彼女がピンチヒッター、ムードメーカーの役目を見事に果たしていた。
「手話のレクチャー?楽しそうだね」
葵がトレーを持って現れる。
「あ、あざっす」
「果肉ありとなしで食べ比べてみて欲しいの。良かったら感想聞かせて」
「どっちも旨い、それは間違いない」
皆笑った。
葵が去るや否や、パイを凝視する海斗と美亜。
「じゃあ、食べてみようか」
という茅野の号令と共に、同時に手を伸ばした。まるで兄妹のように。
美亜はある程度読唇が可能であり、そのために話す時はゆっくりと大きな口を開ける必要があった。
「あ、美亜ちゃん。プロみたい」
頬張ったパイに目を閉じ、吟味している。そしてノートに感想を書き始めた。
『海斗さんに同意!どちらもすごく美味しい!しっとりとしたクリームの中で弾ける果肉の爽やかな酸味が堪らない。心もリフレッシュできること間違いなし(音符)レモンの香りは脳を活性化させるみたいだから、勉強とか、お仕事してる方にもいいかも(音符)お子さんは多分、クリームオンリーを好むかな。』
「感想、俺これ以上のこと、言えねぇな」
尊敬の眼差しが彼女に集中する。
少女はまだ黙々と、テイスティングを嗜んでいた。
日は疾うに暮れ、アスファルトの熱気はようやく落ち着きを取り戻す。そんな中、街灯の下ぽつぽつと歩く二人の足音が響いていた。
今日で夏休みも終わり、こうして一緒に帰ることもしばらく叶わなくなる。瑞樹はそれが少し、寂しく感じた。
何故か美亜といる時には気が安らいだ。大好きな仲間でも緊張を覚え、そわそわしてしまうのに。それは無理して喋らなくてもいいと思うからだろうか。
信号待ち、切な気に目線を送ると、彼女は何かを打ち込んでいた。
その画面にぎょっとする。
『所長が「瑞樹君元気ですか?」と言っていましたよ(音符)』
信号が変わったことさえも、気づかなかった。あのスーツ姿の女性は、所長であった。そして、自分のことを覚えてくれている。美亜は皆の話をそこでしていたのだ。
ただ、どう反応していいのか、わからない。
『施設の子とお友達だったんだね!』
と美亜は構わず続ける。
一体どこまで知っているんだろう。
『ハンカチ返さなきゃ、所長に。』
と思いついたことを並べた。
すると彼女は、『一緒に行こう!』と、満面の笑みで、返した。
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