新世界~光の中の少年~

Ray

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第四十五話

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 瑞樹はこれまでになく、携帯に意を注いでいた。
「おい、お前。何でここに来た?」
と聞かれたのは、そんな時だった。
 背後に教授の影を感じる。
 驚きで、彫塑の親指がクイッと曲がってしまった。まだその質問は活きていたのか、とパニックの中、黙って俯く。フンッと荒く鼻息が聞こえると、気配は遠ざかって行った。
 渇を、入れられたようだった。
 手を止め、その出来損ないをじっと眺めて、考える。
 あの情熱は、どこへ行った?
 周りを見渡せば真剣そのもので、自身や他者の頭部制作に勤しんでいる。そんな中手を選んだ者は、やる気のない奴と思われたのだろうか。
 そのようなことはなく、兼ねてから気がかりだったこの手を流れる血、それは何色だろうかと、答えが欲しいと、思ったから。
 だが真摯に向き合っていたのか、と言われれば、疑問が残る。
 折れ曲がった指にそっと触れた。挫折、の二文字がふいに脳裏を過る。瑞樹はそれ以上作業を進めることが、出来なくなっていた。
 万物を見透かすような鋭い視線、それが教壇から放たれていた。劣等生のレッテルを貼られたような、気がした。
 大学の去り際、まだ背筋がゾクゾクと寒い。
 高校でも似たような出来事に遭遇したが、しかしながらその寒気とはまた、別物だった。
 それは、教授の言う通りだから。こんな体たらくでは、父の大切な金を溝に投げ捨てるようなものだ。やはり建築に行けばよかったのかもしれない、と後悔の最中、ブルブルとポケットが震えた。
『今日大丈夫そうです(音符)来れそうですか?』
 瑞樹はバックパックをガサゴソと確認すると、『連絡ありがとう。今から向かいます。』と返信し、駅へ向かった。
 今日はせめてひとつだけでも、何かを成し遂げることができる。それは失速した瑞樹にとって、心の救いとなった。
 美亜には本当に感謝をしなければいけない。結局誰かに頼りながら生きている自分に嫌気が差す。
 いつになったら守る側の人間に、なれるのだろうか。
 正門の前で元気に手を振る姿に、顔を綻ばす。
「ありがとう」
と心から伝えると美亜は、いいんだよ、と首を振る。
 そして二人は中へ、入った。
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