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第四十六話
しおりを挟む「まあ、瑞樹君」
所長室に入ると、あの懐かしい微笑みが咲いていた。
「何度もすみません。これをお返し、したくて」
瑞樹は嬉しさも反面、緊張の面持ちでハンカチを差し出す。
「あらあら、よかったのに。ごめんなさいね、ありがとう。」
所長は両手でそれを受け取ると、そのままじっと眺めた。
そしてぽつりと、呟く。
「これを見ると思い出すわ。あの綺麗な桜」
美亜は二人の唇を凝視しながら、にこにことしていた。
「あの後、会えたんです。ルカ君と」
「あらぁ、そうなのね。ルカ君、元気だった?」
「はい……」
ルカ、という名を出した自分に少し、動揺をしていた。
手に感じる、汗。
「私も、是非また会いたいわ。お世話をしたと言うより、された方だもの。何のお返しもできなくて」
ルカはここでも、あの子らしい振る舞いをしていたようだ。こうやって思い出を分かち合える人がいることの喜び、それを実感する。
「あの……とても幸せそうな、表情をしていました。……その時初めて声も聞いて。僕、話せることを、知らなかったので」
所長はすると、静止した。
「ルカ君が、お話を、したの?」
場はしーんと静まり返る。
やっぱりだ……
やっぱりあの子は、話せない……
瑞樹がそっと頷くと、所長は目を落とした。共に漏れる、はぁ、とため息の音。
美亜はきょとんとした様子で、キョロキョロと二人を交互に見つめていた。
所長はそしてこちらを見上げ、優しく微笑む。
「ルカ君が、心から信頼できる人。そんな人に出会えて、本当に良かった。ありがとう、瑞樹君」
その真摯な表情、それは少し悲し気にも映った。
瑞樹にはその心の痛みが、手に取るようにわかった。ルカが退所したことを知らないでいた時の、痛切な思いが蘇る。
美亜はそこで、何やら手話をした。
「ええ、勿論よ」
と聞こえると、ウキウキとした様子で、おいでおいでとこちらに手招きをする。瑞樹は戸惑いながらもうんと応えると、美亜は所長へ深くお辞儀をした。
部屋を出て、廊下を渡る。やがて裏庭が広がり、そこにある間取りの広い室内へ案内された。その間「ああ、瑞樹君ね」と何度会釈をされたことだろう。
瑞樹の真っ赤な耳は、じりじりと熱い。
ピアノがあり、黒板があるその部屋。見上げると目を引いたのは、一枚の大きな絵画だった。
美亜は自慢気にこちらを覗き込んでいる。
「これ、美亜ちゃんが、描いたの?」
それは、有翼のユニコーン。色彩の鮮やかさは瑞樹の絵とは真逆の華やかさで溢れていた。首を真っ直ぐに空へ向け、今にも子供達を乗せ舞い上がって行きそうな、そんな抑揚を感じ、鼓動を掻き立てる。
おしゃべりな美亜も、このことは一切口にしていなかった。
瑞樹が目を奪われていると、
「これ、あげるー!」
と割と大きめな声が、背後から響いた。本日二度目の驚き、肩を竦めて振り向くと、そこには女性がいた。
何かを差し出している。
「もらって、いただけますか?」
と傍にいた職員の女性がそっと語りかけた。
瑞樹は頷き、手を差し出す。
そこにポンと置かれたのは、折り鶴だった。その子はすると満足気に去って行く。職員はにこっと会釈をし、その後を追いかけた。
そのまま辺りを見渡すと、以前裏庭から覗いていた光景が、秋の優しい光に包まれていた。それぞれが、それぞれの作業に夢中になり、目をキラキラと輝かせている。ふと、ここにいられる人達が羨ましいと、そう思った。
裏庭へ繋がる通路の傍には、所長の姿があった。愛おしい表情でその和やかな風景を見守っている。心地良い揺りかごに優しく揺られる子供達、そこに惜しみなく降り注ぐ愛。
向こう側には、シンボルツリーのような大きな木が植わっていた。その下には木製のベンチがひとつ、置かれている。
みんなを描くには、丁度良い場所だな。
瑞樹は仄かに絵心を、くすぐられた。
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