新世界~光の中の少年~

Ray

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第五十四話

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 賑わいのある桜並木を通り抜け、小道をひたすらに歩いていく。
 肩からずれ落ちるクーラーバッグをよいしょと掛け直しながら何度か蛇行するとやがて、大きな桜の木へ辿り着く。

「わあ……」
 皆々はそう感嘆の声を上げ、しばし立ち尽くした。
「本当に綺麗だね。言葉では表現しきれないくらい」
 菜美は花の隅々までを見届ける様にして、瞳を動かす。
「そして誰もいないじゃん。マジで秘密の隠れ家だな」
「本当、よく知ってたね、こんな素敵な所」と茅野が言うと、瑞樹は「うん……親が教えてもらったんだ、知人から」と曖昧に返す。
 すると海斗からはすっと視線を感じた。
 父が土木仲間からこっそり教えてもらった、絶好の花見スポット。
 みんなは僕の家族、だから教えてあげたい、と初めて自身から提案した花見の集会。案の定の反応に、少し得意気に顔を綻ばす。
 美亜は思い立ったようにガサゴソとバッグからスケッチブックを取り出し、夢中で物描きをし始めた。
「わぁ、美亜ちゃん、凄い」
「写真見てるみたい」
「ほんと、凄ぇな。ってか、荷物降ろさね? そろそろ」
 海斗の肩は、限界だった。
 瑞樹はいつもの場所へ皆を促し、大きなレジャーシートを広げ、セッティングを整える。
 みんな好きな所に座って、と言えばぽっかりと父の定位置が空く不思議。
 ふいに胸を締め付けられる。ゆっくりとそこに腰を下ろすと、ピンク色が溢れんばかりに一望できた。ここで、父の膝の上で、団子を両手に頬張りながらこの景色を眺めていた遠い記憶が蘇る。
 海斗は立ち上がり、ゴホンとわざとらしい咳をすると、演説を始めた。
「さあ、私めが乾杯の音頭を取らせていただきます。この素晴らしい極秘スポットを教えてくれた瑞樹君と、そのご両親に感謝してー、かんぱーい!」
「乾杯!」
 ムードメーカーが二人もいれば、場は大いに盛り上がり、時の経過を忘れるほどだった。海斗は素面でもアカペラで歌い出すようなひょうきん振りで、これで酒が入ったらどうなるのかとヤキモキさえしてしまう。
「あ、その歌知ってる!」
「私も、大好き!」
「あの連ドラ、切ないよねぇ」
「そうそう、コメディなのに、急に涙を誘われて……」
 女性陣が話題に夢中になっていると、気がつけば絵を描いていた筈の美亜の手拍子がリズムを刻んでいた。
 すると海斗の顔色が青く変わる。しまった、彼女は声が聞こえないのだ、と思ったのだろう。ただ、それでも楽しそうにする美亜にコミカルな歩みで近づき、手を差し出す。少女が受け入れるとそのまま引き起こし、再熱唱。
 はははっと起こる歓声と拍手。紳士は淑女をリードして、躍り出していた。
 そこへふーっと温かな風が通り過ぎ、パラパラと花弁が舞い降りる。
「わぁ」
と皆両手を高々と上げた。美亜はその場でくるくると回り、花柄のスカートがひらひらと宙を舞う。何とも言えない至福の空間に、いつまでもこの日々がどうか続きますようにと、夜空に願った。

「あ、そろそろ門限の時間」
 菜美の悲し気なため息が終了の合図だった。
「凄く楽しかった、また来よう」
「いいね、来年も絶対にやろうよ」
 一同は片付けを済ませ、また同じ道を未練の足取りで戻って行く。
「わぁ、まだ賑やかだね、ここは」
 アルコール濃度が最高に盛り上がった宴も酣な民衆が、更に勢いを増していた。
 ネクタイ鉢巻きの絵に描いたようなサラリーマン、カラオケ機材で大音量に合いの手の若人達、もれなく顔を真っ赤に膨張させ、花より団子も程度があるだろうというような有様である。
 その時、ある女性が目に入った。体育座りの姿勢で 頭を垂れ、そこにはビールのジョッキが手向けられている。
「ほら、飲んで飲んで、罰ゲームなんだから」
「そうだよ、早く早く。飲めないんなら服脱ぎな」
「はっはっはっ、いいねぇ。むしろそっちの方がいいかも」
 大学のサークルを窺わせる団体、彼女以外の女性仲間もその辛辣な様子に委縮しているようだった。
「やめろよ。嫌がってるだろ」
 聞き覚えのある声に、血の気が引く。海斗が叫んでいたのだ。シーンと一瞬沈黙が走り、ギロッと奴らは振り返る。
「はぁ? 何言ってんの?」
「正義のヒーローさん登場?」
と茶化して大爆笑。
 茅野らも三人で身を寄せ合い、固唾を吞む。
 それでも海斗は怯まない。
「サークルか合コンか知らないけど、嫌だったら帰りなよ」
 すると少女は救われた眼差しでちらっとこちらを見上げた。
「おい、いい加減にしろよ、お前」
 リーダー格の貫禄をした男が低くドスを利かせる。
「やっちゃって下さいよ、せんぱーい」
の声援に立ち上がり、最終ラウンドのボクサーのような態でふらふらと海斗へ近寄る。
 瑞樹の手足はブルブルと震えていた。だが怖気付いてばかりもいられない。奴が殴るのなら間に入り、自らが被ろうと決意をした。体勢を前傾に身構え、相手をグッと睨みつける。
「調子乗ってんじゃねぇぞ、この野郎っ!」
 その大男が腕を勢いよく後ろへ引いた時だった。
「警察呼びますよっ!」
と茅野が叫んだ。
「第一未成年じゃないんですか? それが大学にでも知れたら、問題になると思いますよ」
と続けると、ハッと我に返るような静けさが広がる。
 未成年の飲酒には厳しい処分が下される。茅野の機転で奴らはチッと舌打ちをし、呆気なく意気消沈した。

 戦闘意欲が皆無であることを確認すると、一同はそこを離れた。
「ドキドキしたぁ」
と茅野が心境を吐露する。
「ごめんな、怖がらせて」
 海斗はまだ怒りの表情で言った。
 どうして謝る必要がある。勇敢に立ち向かい、むしろ褒められるべきなのに。
 元はと言えば、自分のせいである。瑞樹は堪らず、「ごめん、こんな所に連れて来て……」と謝罪した。
 あんなに楽しかった一日も、悪党と遭遇するだけで台無しとなる。やりきれない思いが、苛立ちを通り越し、落胆にげんなりさせられる。
 自分が関ると必ずこのような目に遭う不遇。因果応報、日頃の陰鬱な性格が仇となっていることは、いよいよ確実かもしれない。
「いいんだよ、お前のせいじゃない」
「そうだよ。私また来たいし、絶対に」
「うん、私も、絶対」
 美亜はまだ縮こまっており、瑞樹の陰に息を潜めていた。
 優しい人達は決まってそう庇ってくれる。だからこそ犠牲にしたくないのだが、いつも裏目に出てしまう。故に、余計に罪悪感が募るのだ。
 日頃から愉快な人間が一変、シリアスな面持ちでいることを受け、皆ちらちらと気にしながら歩いていた。
「でも、勇気あるね、海斗君」
 茅野が言うと「ああ……」と歯切れの悪い返事がある。
 それに「本当、格好よかった、凄く」と菜美が重ねた。
 すると、海斗は真摯な眼差しで、こう言った。
「もう、止めにしたんだ。見て見ぬ振りは」
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