海底文明のティアマト

下垣

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第12話 限界ギリギリの救出劇

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 俺は2階の図書室にある窓をよく観察する。

 俺とフィンの2人が通れるくらいの窓。それを探す。

 窓は割れているものの人が通れるスペースというものは中々なかった。

 特に今は負傷者を抱えている。万一にでも割れた窓に肌をひっかけてフィンをケガさせたらシャレにならない。

 できるだけ大きく割れている窓を探す。そして、その窓から俺は身を乗り出して周囲を確認する。

 建物の外にティアマトや凶悪な生物がいる様子はない。

 俺はフィンを抱えて割れた窓をくぐる。窓の破片に当たらないように細心の注意を払う。

 特に弱っているフィンを傷つけないように。

 窓をくぐって無事に建物の外に出ることに成功した。

 俺はフィンをちらっと見る。フィンはまだ生きている。

 今はまだお互いに空気膜を無駄に消耗しないようにしゃべるのを最小限にしている。

 ここまで空気膜がギリギリになるんだったら道中の無駄話も控えるべきだったなとは思う。

 でも、海の底は暗くどんよりとしている。なにもしゃべらないと気分が落ち込んでしまう。

 精神状態の悪化も良くない。気持ちの落ち込みは判断ミスにもつながる。

 俺はしゃべれない代わりにまたフィンにハンドサインを送って元気づけようとする。

 フィンはこくりと頷く。大丈夫。今のところ、俺はここまでミスはしてないはず。

 俺はできるだけ建物から手早く離れた。

 1階の出入り口付近にあのティアマトがいる。

 なんの気まぐれでティアマトが外に出るかわからない。

 危険なやつがいることがわかっている場所からは早く逃げたい。

 俺は通路の穴を目指す。

 さて、ここからが問題だ。

 この通路。今は安全かどうかがわからない。

 ウミヘビ型のティアマトならこの大きさの通路なら普通に通れる。

 中で細長いティアマトが居座っていたら……その時点で手詰まりである。

 ここしか通り道がない。そこを塞がれると俺たちはもうなにもできない。

 俺が先に穴の中に入って安全確認も難しい。フィンをここに置いていったら、その間にフィンが襲われる可能性もある。

 フィンは強くても今は負傷している。そんな状態でフィンが襲われたら……フィンは死ぬ。

 フィンを連れて穴の中に入るか、フィンを置いて安全を確保しながら入るか。

 その二者択一を迫られてしまう。

 一応、体勢を工夫すればフィンと一緒に穴に入ることは可能だ。

 しかし、戦闘できるような体勢でもすぐに逃げられる体勢でもない。

 俺の判断1つで2人の生死が決まってしまう。

 俺1人が通路に入るだったら、まだティアマトを撃退できる余地はある。

 先制して相手の急所にトライデントをぶち込めば俺の勝ち。本当に薄い可能性だが……

 俺はフィンの表情を確認する。

 フィンは精神的に弱っている表情をしている。まるで心細いと感じているように。

 肉体の負傷は精神をも蝕む。

 フィンの心は今折れかけている。

 そんな状態のフィンを1人にできるわけがない。

 フィンを置いて俺だけが先に穴に入るのはなしだ。残されたフィンの気持ちを考えたら……1秒だって待つのが辛いはずだ。

 俺が通路の途中で死ぬことだってある。俺が自分の身かわいさにフィンを置いていく可能性だってありえない話じゃない。

 俺の空気膜も薄くなっているし、負傷者を抱えていると生存率も下がる。

 1人になったタイミングで魔が差して仲間を切り捨てる。ありえない話ではない。

 海底で2人きり。そこで殺人が起きても、犯行を立証することは不可能だ。

 ティアマトに襲われて相方は死んだ。そう報告するだけで良い。

 この広い海の中、遺体の回収も絶望的だ。相手に悪意があれば殺されかねない。

 だからこそ、俺たちはバディの相手を慎重に選ぶ。実力よりも信頼の方が重要だ。それが自分の身を守ることに繋がる。

 つまり、俺がここでフィンを置いて1人で逃げたとしても、それを誰にも咎められることはない。

 もちろん、俺はそんなことをするつもりは一切ないが、フィンがそんな疑念を抱かない保証はない。

 フィンの心身は弱っている。ならば、少しでも安心させてやるためには……一緒に行くしかないだろ。

 俺はフィンを抱えて穴の中に入る。穴の中に入った瞬間にゾクっと背筋に冷たいものが走る。

 ドクドクと心臓が高鳴る。

 この通路ではもう逃げ場はない。前方から襲われたらまず助からない。

 それでも前に進むしかない。できるだけ早くこの通路を抜けて開けたところに出ないと。

 この通路を通るのはもう4回目であるが、今回が最も緊張している。

 自分だけの命を賭けるならともかく、フィンの命をベットしないといけない状況。

 抱えている責任が段違いだ。

 早く……! 早くここから出たい。

 たった十数メートルほどの通路であるが、とても長く感じる。

 とても3回も通った道とは思えないくらいに心臓が揺さぶられる。

 息が詰まりそうだ。緊張で手汗もかいてきた。

 段々と光が見えてきた。出口だ。俺はその方向に向かう。

「ふー……はぁはぁ……」

 通路を無事に通り抜けた。幸い、この通路内に危険なものはなかった。

 呼吸を節約しないといけないのにも関わらずに俺は達成感で息を荒げてしまう。

 でも、これは生理現象で止めようがない。この空気の消耗は仕方ない。受け入れよう。

 俺は周囲を確認する。近くに危険な生物やティアマトはいない。

 小魚が泳いでいる程度だ。この程度の魚は脅威たりえない。

 俺の空気膜は……およそ2割程度。もう能力を使う余裕はない。

 後は危険な生物に見つからないように祈りながら……海面まで浮上するだけだ。

「フィン。後少しだ。大丈夫。俺たちなら帰れる」

 ゴールが見えてきたところで、俺はしゃべってしまった。

 でも、この言葉は大きな意味がある。ベラベラとしゃべる余裕はないけれど、励ましの言葉は力を与えてくれる。

 俺はフィンを励ましたが、同時に自分も鼓舞している。

 弱気になりすぎると死ぬ。その意識で俺は海面を目指した。

 水圧に気を付けながらゆっくりと浮上する。急な水圧の変化は体によくない。

 慌てず急いで、急ぎ過ぎず適正なスピードを保つ。

 中々に難しいことだ。でも、これができなきゃダイバーとして生き残れない。

 海底に開いていた大穴を抜けた。ここからは広大な海だ。もう自由に動き回れる。
 
 でも、俺が目指すのは上のみ。海面から顔を出しさえすれば、空気膜の問題はなくなる。

 後少し、ほんの少し。持ってくれ……空気膜……!

 太陽に照らされてキラキラと光る海面が見えてきた。俺は力を振り絞り、一気に海面に顔を出した。

「ぷはぁあああ! よっしゃ! あぁあああ! 空気うめええ!」

 俺はここでようやく生の実感を得た。目の前には俺たちが乗ってきた船がある。

 後は引き上げてもらえば帰還完了だ。

「フィン。大丈夫か? 生きているか?」

「うん。ジョーのお陰で……」

 俺たちが戻ってきたことで船員が甲板から顔を出した。

「おーい! すまないけど、先にフィンを引き上げてくれ。こいつは負傷している」

「了解!」

 船員がロープ付きの浮き輪を投げる。フィンはそれに捕まり、無事に船に引き上げられた。

「俺は後回しで良い。フィンを医務室に連れて行ってやってくれ」

 フィンはすぐに医務室に連れていかれた。俺はその後ゆっくりと回収された。

 今回の探索ではなんの成果も得られなかった。

 古代の遺物を回収できたわけでもない。なにか新しい真実が判明したわけでもない。

 ただ、あの遺跡はティアマトがいる危険域だということがわかっただけだ。

 俺が1人の時にティアマトに襲われなかったのは本当に幸運なだけだったのかもしれない。

 俺は甲板に座り込みながら空を見上げる。

 1歩間違えば、2度とこの青空を見ることができなかった。永遠に海底に沈んだまま……そんな最期もありえた。
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