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第2章 婚約とデビュタント騒動

第11話 アリーシア、カシウスと踊る

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 アリーシアはカシウス皇子にエスコートされ、デビュタント会場である皇宮の大広間に足をふみいれる。

(また、ここに来ることになるなんて……)

 前回のデビュタントはエステルハージ家の令嬢として招待されてはいたが、エスコート役も用意してもらえなかった。
 実質マリナの付き人のような立ち位置での参加だったのだ。

 マリナ自身はアリーシアを気遣う様子を見せていたが、家を乗っ取ったバルダザール伯夫妻がとりあうことはなかった。
 今思えばあの時のマリナの態度もうわべだけのものだったのだろう。

(あの席に座っていたなんて、信じられない)

 皇妃となってからは、アリーシアがあの玉座にある皇妃の席に座っていたのだ。
 今隣にいるカシウス皇子が皇帝となって。

 自分の手をとっているカシウス皇子を見上げる。
 端正な横顔は、前世では怖く感じられたものだったが、今は心が落ち着いていく。
 
 周囲の視線はカシウス皇子だけでなく、自分にも集まっている。
 
(このドレス、やっぱりすごいよね)

 アリーシアも自らをまとうドレスに目をうつす。
 帝国の伝統にのっとりながらも、最新の流行もとりいれた上品なドレス。
 アリーシアの魅力を、より一層引き立てている。

(……カシウス殿下が、事前に用意してくれていたのよね)

 そう考えると、アリーシアは胸が熱くなるのを感じる。
 夢見心地の中にいたアリーシアは、視線の端にいた令嬢たちの中にマリナがいるのに気づく。
 マリナの表情は信じられないものを見たといった様子でアリーシアにくぎ付けだった。
 
(いけない! ミーシャのためにもちゃんとしないと!)

 アリーシアはこれからのことを考え気を引き締める。

 通常の儀礼ではデビュタントの令嬢たちの輪の中までカシウス皇子がエスコートし、皇子は玉座に向かう。
 だが、カシウス皇子は、玉座の前まで向かうと、皇帝に向かって一礼した。
 アリーシアもあわてて、カーテシーによる挨拶をする。

 カシウス皇子の制止により音楽とざわめきが止まり、会場は静寂せいじゃくにつつまれた。

「ヴァレリアン帝国の偉大なる皇帝陛下にご報告申し上げます」
「申してみよ」

 カシウス皇子の言葉に、皇帝陛下は先を促す。

「神聖なる帝国のデビュタントをおか不逞ふていやからが存在します。あろうことか、エステルハージ侯爵令嬢を監禁し、乱暴を働こうとしておりました。その者たちは、すでに未然に捕らえております」

 カシウス皇子の言葉に会場がざわめくが、皇子が視線で制して黙らせる。

「……そのような者たちがいたとは。帝国の儀典ぎてんを乱すものは万死に値する。処分はお前にまかせよう」

「かしこまりまして。まだこの監禁を主導した者たちがこの場にいます。その者たちも捕らえてよろしいでしょうか?」
「もちろんだ、良きに計らえ」

 皇帝の言葉をうけ、ライハート卿をはじめとしたカシウス皇子配下の兵士たちが動き出す。
 事前にアリーシアが特徴を伝えていたため、その動きは迅速じんそくだった。

「ま、待って、私はなにもしらないわ!」
「違います! 人違いです!」

 デビュタントの列から、アリーシア拘束に加担した貴族令嬢たちが引き出される。
 その中にはもちろんマリナの母親であるバルダザール伯爵夫人もいた。

「これは何かの間違いよ! そ、そうよ、これは娘であるマリナが仕掛けたものよ! わたくしは関係ないの! マ、マリナ、早く助けなさい!」

 バルダザール伯爵夫人が呼びかけるマリナに、皆の注目が集まる。
 周囲の人がざっとマリナから離れた。

「何をおっしゃっておりますのお母さま。わたくしにそんな大それたことをできるはずはございませんわ。それにアリーシアお従姉ねえさまのことをお慕いしております。皆さまもそれはご存じですわよね?」

 マリナは母親の言葉にも動じたところはない。周囲からも賛同の声があがる。

「最近お母さまの様子がおかしいとは思っていましたけど……。お父さまが拘束されたことで、心を病まれていらっしゃるのかもしれません。娘として、わたくしからも母の罪をお詫びいたしますわ」

 マリナはその場で皇帝陛下にむけ頭を下げる。

「な、なにを言っているの! 病んでなんかいないわ! そ、そうよ、あの娘を監禁した部屋だって、あなたの口添えで皇妃様からお借りしたのだったわよね! だから、あなたも同罪よ!」

 アリーシアが監禁された場所は皇妃の私邸といっても良いエリアだ。
 だからこそカシウス皇子もたどり着くのに時間がかかってしまった。

(この場で皇妃に言及げんきゅうするのは、やめておいた方が良いと思うけど)

 アリーシアはマリナ母子の言い争いをめた目で見守る。

「お母さま、ご自分が何をおっしゃっているのか、わかってますの? どうやら、やっぱり心がおかしくなっているご様子です。皇妃様の名誉までも傷つけてしまい、心からお詫び申し上げます」

 マリナは、マリナ母の言葉にはとりあわず、皇妃にも謝罪する。

「どうやら、皇宮の一室を勝手に使われたご様子。……おかわいそうな方ですが、罪は罪。しっかりつぐなって頂くしかございませんね」

 皇妃も沈痛な面持ちで言葉をかけるが、その瞳は全く感情がこもっていない。

「うむ、この者たちを連れていけ!」

 皇帝の言葉に、アリーシア拘束事件に関わった者たちは会場から連行された。
 マリナの母親は最後まで何かをわめき散らしていたが、相手をするものは誰もいない。

(ある意味、茶番だけど……障害がひとつ減ったし、よしとしましょう)

 皇妃が第二皇子を皇位につけるために、裏で画策かくさくしていることは中央の貴族たちには暗黙の事実だった。
 もちろん皇帝もそれには気が付いている。
 とはいえ、帝国の皇妃をそれだけの疑いで拘束などできるはずもない。

 今回はバルダザール伯爵夫人が心を病み、ライハートの信奉者たちをきつけて引き起こした事件としてかたづけられることになるだろう。

「陛下、もうひとつお伝えしたいことがございます」

 マリナ母たちが扉の向こうに消え、ライハート卿もアリーシアの横にひざまずいたのを見計らい、カシウス皇子が言葉をつづける。

「なんだ、言ってみよ」
「アルカディウス家の三男であるライハートとエステルハージ家嫡女であるアリーシアの婚約について解消させて頂きたく。この婚約はもともと、帝国にあだなす者をあぶりだすために、私が仕組んだ策だったのです」

 カシウス皇子がライハート卿を一瞬振り返る。

「ふむ、現にこうして、反逆者を捕らえたということか」
「はい、目的を果たしましたので、婚約は解消に……」

(さすがはカシウス様、話が上手ね)

 ライハート卿との婚約解消については、騒動の後、カシウス皇子とライハート卿から提案された。
 カシウス皇子の策略での婚約解消ということにすれば、アリーシアはもちろん、ライハート卿の名誉も守られる。
 また、デビュタントの場で正式に発表することで、婚約解消について悪いうわさが立つということを防ぐ効果もある。

「……まあ、良いだろう。この場はお前の言う通りにしよう」

 皇帝陛下の言葉にはどこか仕方がないという響きが含まれているようにアリーシアは感じた。

(ちょっと強引だったけど、陛下はカシウス皇子の意向をくんでくれたみたいね。ライハート卿には申し訳ないけど、これで、元通り)

 ようやく本来の道に戻ることができたことに、アリーシアの心には安ど感が広がる。

「さあ、話はこれで終わりにしよう。今日は帝国の明日を創る令嬢たちの記念すべき日。予定通りデビュタントを始める」

 皇帝の宣言によりデビュタントは始まる。
 華やかな楽曲が流れ、社交界デビューをはたした令嬢たちが、エスコート役の男性とともに踊りはじめる。


(カシウス皇子はダンスもお上手なのね)

 アリーシアの相手はもちろんカシウス皇子だ。
 その足さばきは正確で、しかもアリーシアの技量に合わせてフォローする余裕がある。

(こうしてカシウス皇子とデビュタントでダンスすることになるなんて、本当に夢みたい……)

 前世では、お飾りであるアリーシアとダンスをする相手はおらず、ずっと壁の花としてすごしたのを思い出す。
 以降も夫となったカシウスとはダンスをする機会は訪れなかった。
 
 ちらりと壁側をみると、そこにはマリナが立っていた。
 マリナと目が合う。その視線はずっとアリーシアを見つめている。
 エスコート役だったはずの第二皇子派の男性は、皇帝の怒りにふれることに恐れをなしたのか、それとも皇妃の指示なのか、姿を消していた。
 父親に続き、母親が拘束されたばかりのマリナに近づく者は誰もいない。
 
 デビュタントでのふたりの立場は前世とは逆転していた。
 
(マリナ……)

 前世では、表向きはアリーシアを気遣う姿を見せていたが、最終的にはアリーシアをおとしいれ、処刑にまで追いやった張本人。
 自分の死後のミーシャのことを思うと、可哀そうとは思えない。

(絶対に、あなたのことは許さない)

 アリーシアは心の中とは裏腹に、にこりとマリナに笑いかける。
 マリナも困ったようなあいまいな笑みを浮かべた。

 こうして、ライハートとの婚約を発端としたアリーシア監禁騒動は幕を閉じた。

 アリーシアはこの時まだ、控室に残っていたみーちゃんに異変が起こっていることに気づいてはいなかった。 
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