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第2章 婚約とデビュタント騒動

第13話 みーちゃんの異変

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 みーちゃんの様子がおかしいと気づいたのは、デビュタントが終わり、エステルハージ邸に帰った後だった。
 控室で眠っていたようにみえたみーちゃん。
 大活躍で疲れがあるのかと、そっとベッドに寝かせていたのだ。

「みーちゃん、どうしたの!?」
「う、うん、だいじょーぶ……だよ」

 いつも元気にはきはきとしゃべっていたのに、声も小さく、ゆっくりとしかしゃべらない。
 動きも、緩慢で、弱弱しい。
 アリーシアはすぐに、地下通路を使ってカシウス皇子のもとへ急ぐ。

(カシウス様なら、きっとなんとかしてくれる!)

 カシウス皇子は、みーちゃんのことがばれてしまった後、皇宮の蔵書で東国の呪術のことをいろいろ調べてくれている。
 執務室にたどりつくと、カシウス皇子がいつものように書類に向かっていた。

「……わざわざ隠し通路をつかわなくても……」
「みーちゃんの様子がおかしいんです!」

 切迫したアリーシアの言葉に、カシウス皇子は書類から顔をあげる。

「……診よう」

 アリーシアからみーちゃんを受け取ったカシウス皇子はいくつか質問をしたりして、みーちゃんの様子を確かめる。

「呪術の力が、弱まっている。アリーシアと離れて行動したことが原因かもしれない」
「そ、そんな……」

 確かに、これまではみーちゃんの願いもあり、ほとんど行動を共にしていた。
 デビュタントでの事件ではみーちゃんと長く離れてしまった。
 その後も、陛下の御前にみーちゃんを抱えて出るわけにはいかず、控室で待ってもらっていたのだ。

「力を取り戻す方法はありませんか?」
「……もともと、みーちゃんはそなたの母親の首飾りから出てきたと言っていたな?」
「はい、これがその首飾りです」

 アリーシアは手掛かりになるかもと考え、母親の首飾りを身に着けてきていた。それをカシウス皇子に手渡す。

「……この首飾りにはもう力は感じないな」
「みーちゃんも、首飾りの力はすべて使ったと言ってました」

(お母さまの形見の首飾り……みーちゃんの力の源……)

 東方にあった小国、タリマンド出身のお母さま。
 今は帝国に併合され、タリマンド領となっている。
 そこで、アリーシアにひとつの考えが浮かぶ。

「お母さまの実家があるタリマンドに行けば、何かわかるかも!」
「……たしかに。皇宮の書物だけではこれ以上調べるのは限界だろう」

 カシウス皇子も同じ考えの様子だ。

「ありがとうございます! では、行ってきます!」

 カシウス皇子にお礼をいうと、アリーシアは地下道へと向かう。
 そうと決まれば、急がないといけない。

「……待て。私も行こう」
「えっ? カシウス皇子も!?」

 まさか、カシウス皇子もついて来てくれるとは、アリーシアは考えていなかった。
 いくら、みーちゃんの一大事とはいえ、エステルハージ侯爵――アリーシアの父親を助けた時のような帝国としての緊急事態ではない。
 アリーシアひとりならともかく、カシウス皇子が動くには何か理由が必要だ。

「……なんだ、ついてきてほしくないのか?」
「そ、そんなことは! もちろん心強いです!」

 それは、アリーシアの本心からの言葉だ。

「だけど、大丈夫なんですか?」

 第二皇子派の動きも気になる。帝都からカシウス皇子が離れることで、また何かが起こる可能性がある。

「……今、東の領土で疫病が広がり始めているのは知っているか?」
「疫病ですか?」

 アリーシアは前世の記憶を探る。

「あっ!」
「ニュースにもなっているからな」

 確か前世では、デビュタント後しばらくしてから帝都でもその疫病が蔓延まんえんする。
 現皇帝陛下もその疫病により亡くなり、急遽きゅうきょカシウス皇子が皇帝として即位することになったのだ。

「疫病を少しでも抑えるために、医師団を派遣することになっている。……私も皇子の責務として向かうつもりだ」
「で、ですが、危険です! もしカシウス皇子が疫病にかかってしまったら、大変なことになってしまいます!」

 第一皇子であるカシウスが病に倒れてしまったら、この国はもちろん、ミーシャの未来がなくなってしまう。
 それは絶対に避けなければならない。

「……だったら、そなたも行くのを止めるか?」
「えっ? そ、それはできません! みーちゃんはわたしの恩人なんです!」

 みーちゃんがやってきてくれたからこそ、やり直しの機会を得られたし、先日の災難も避けることができたのだ。
 助けられる可能性があるのなら、試さないという選択肢はアリーシアにはない。

「……そなたにとって恩人というのなら、帝国にとってもみーちゃんは恩人だ。隣国がつけいる隙をあたえず、先の騒動もこの子がいなければ、帝国に大きな混乱をもたらしただろう」

(やっぱり、カシウス皇子にとっては帝国のことが一番大切なのね)

 帝国のことを第一に考えるカシウス皇子らしい発言に、アリーシアは安心感と少しの寂しさを覚える。

「それに……」
「それに?」

 カシウス皇子の言葉の先を、アリーシアが促す。

「……」

 カシウス皇子はひとつため息をつく。

「アリーシア、そなたはもっと自分自身のことも考えるのだ。先日の騒動も、もっと早くに助けを呼べたし、そうするべきだった」
「それは、首謀者をつきとめるのが大事だと思って……。そ、それに……」

「どうしたんだ?」

 今度はアリーシアが言葉につまる。

(みーちゃんもいたし、カシウス皇子が助けてくれるって信じてたから)

 カシウス皇子の心のうちはうかがい知れないが、それだけは信じることができた。

「と、とにかく、大丈夫です! この疫病については心当たりがあります。予防もできるはずです」

 アリーシアは慌てて疫病に話を戻す。
 前世では帝都まで疫病は蔓延し、衛生対策が取られた。
 また、現皇帝の死後には特効薬もつくられ、それ以上に疫病が広がることはなくなった。

(そこまで詳しく知ってるわけではないけど……力になれるかもしれない)

「あ、あたしも……そのびょーきのこと、知ってるよ……」
「みーちゃん、無理しないで!」

 机の上で、よろよろと起き上がろうとするみーちゃんを抱える。

「だから、みんなで、東の国に行こう。みーちゃんは、みんなでいきたいよ……」

 みーちゃんの弱弱よわよわしい言葉に、アリーシアはカシウス皇子の方を見上げる。
 カシウス皇子も静かにうなずく。

「そうね、みんなでタリマンドに行きましょう」

 こうして、アリーシアたちはタリマンド侯爵領へ向かうことになった。

 アリーシアの母そしてカシウス皇子の母である前皇妃の生まれ故郷へと、みーちゃんを救うために。
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