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第3章 呪術の国とみーちゃんの秘密

第15話 みーちゃんを救うために

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「巫女長は現在、疫病をはらうための祈祷きとうささげております。けがれを防ぐため、誰にもお会いになりません」

 アリーシアとカシウス皇子は巫女たちが住まう神殿へとやってきていた。

 神殿は帝国中央の教会とはおもむきが異なり、境内けいだいには鳥居とりいと呼ばれる入り口がある。

 そこでふたりは、赤と白の装束をまとう、まだ年若い巫女のひとりから足止めを受けていた。

「頼む、なんとか取り次いでもらえないだろうか」

 カシウス皇子の権力で無理を通すこともできなくはない。だがこの後に協力を得ることを考えると、穏便に進めたい。

「どなたか、呪術に詳しい人にお会いしたいんです。こちらの首飾りのことを知っている方はいらっしゃいませんか?」

「!? その首飾りは……、少しお待ちください!」

 念のため身に着けていた母の形見を見せたことで、巫女の表情が変わった。
 一度、奥へとひっこみ、しばらくすると戻ってくる。

「今はまだ会うことは叶いませんが、巫女長より伝言がございます。『疫病が解決した後に、必ず会い、形代かたしろのことも解決する』と。それと、こちらを」

 そういって、巫女から包みを渡される。
 中には長方形で文字の書かれている紙が入っていた。

「こちらの札を、そちらの形代にお貼りください」

 巫女から受け取った紙はお札といわれる神具だった。

 形代――この地における人形、つまりみーちゃんのことだ。
 アリーシアがすぐにそのお札をみーちゃんに貼る。

 すると淡い輝きが起こり、見た目はかわらないが、なんだか穏やかな温かさを感じとることができた。

「……力が安定してたように感じる」
「よ、よかった……」

 みーちゃんの力を感じ取れるカシウス皇子の言葉に、アリーシアもほっとする。

 どうやら巫女長はこちらの事情も把握している様子だ。
 その巫女長が疫病を先に解決しろといっているのだ。

「一週間はもつと巫女長が仰せです。それまで、けして形代とは離れませんよう」
「わ、わかりました、ありがとうございます」

 もとより、こんな状態のみーちゃんと離れるわけにはいかない。
 みーちゃんが無事の間に、疫病をなんとかしなければ。

 カシウス皇子を見上げると、静かにうなずく。
 皇子も同じ結論に達したのだろう。

「疫病の出所を調べる。アリーシアは、医師たちに治療薬の材料集めと作成の指示を」

「わかりました」

 アリーシアはカシウス皇子は神殿を離れ、それぞれの仕事にとりかかった。
 疫病を解決し、みーちゃんを救うために。

 それから、数日後。

「これで完成ね、みなさんありがとうございます」

 帝国中央から持ってきた材料をもとに、この地でしかとれない材料を加え、治療薬は完成した。

「いえまさか、侯爵令嬢に薬学の知識がおありとは、我々も勉強になりました」

 カシウス皇子の連れてきた医師たちは前世では将来的に治療薬を作った者たちだ。
 アリーシアの言うことを聞いてくれるのか心配だったが、むしろ興味深く受け止めてくれ、治療薬の作成は順調に進んだ。

(わたしの知識はうろ覚えだったし、みーちゃんからの助言があったから)

 側で横たわるみーちゃんは、あれから眠るように動かなくなってしまった。
 心配だが、カシウス皇子の話では力は感じられるとのことなので、今は疫病の解決を急ぐしかない。

「薬は完成したようだな」

 ふりかえると、カシウス皇子が戻っていた。

「はい、まだまだ数は少ないですが、材料さえ集められれば、増やすのは簡単です。発生源は特定できましたか?」

 この疫病は南方の熱帯に生息する、人を刺す虫を媒介ばいかいとして発生する。その後は人同士の接触で広がっていくことが分かっている。

 そこまで熱くない温暖なタリマンドで発生するのは珍しい。

「はずれの地区の井戸周辺で、それらしい虫を発見している。どうやら、何らかの死骸が持ち込まれ、井戸に投げ入れられた形跡がある」

「ま、まさか……、誰かがそれを?」

 はずれの地区は、町の外縁にある貧しい者たちが多く住まう場所だ。

 衛生環境が悪く、一度このような疫病が起こるとすぐに蔓延まんえんする。
 ただ、カシウス皇子の推察通りとすれば、きっかけは意図的に引き起こされたということになる。

「そうだ。そこが発生源となったにしては、タリマンド侯爵をはじめ貴族高官たちにも広がりすぎている。なんらか王城にも同様の仕掛けがあると考えるのが自然だろう」

 たしかに、貴族が住まう中心部とはずれの地区、二か所を中心に広がっているのはおかしい。

「とにかく、これ以上広がる前に、はやくこの薬を届けましょう!」


 アリーシアとカシウス皇子はまず王城にむかう。

「ヴァルゲ宰相より、王城には健康な方は誰も入れるなと。特にカシウス殿下が疫病にかかってしまえば、領地としても責任問題になりますので。ご容赦ようしゃください」

 兵士たちに頭を下げられると、カシウス皇子としても強く出にくい。
 ここで騒動を起こして、より態度を硬化させてしまうと逆効果になりかねない。

「薬だけでもお渡ししておきます。もし可能でしたら、重症の方にのませてくれませんか?」

 アリーシアが手渡した薬を、しぶしぶではあるがなんとか受け取ってくれた。

「次は、はずれの地区の皆さまを助けましょう!」


 ふたりは次にはずれの地区へとむかった。
 こちらはひどい有様だった。

 患者の多くは狭いあばら家に押し込められ、まだ少数ではあるが、死んだ者の埋葬さえままならない状況だ。

 そこら中に虫が飛び交い、汚物もそのままになっている。
 ひどいにおいと死の空気がこの場には広がっている。

「私は戦地で慣れている。アリーシアは宿で……」

「だ、大丈夫です。手伝います」

 アリーシアは地下牢での一年を思い出す。

(ここはまだ、外の空気がある。それにわたし自身は健康そのものだし)

 閉鎖された空間である帝国地下牢の不潔さはこのはずれの地区にある患者たちの隔離場所を超えていた。

 それに、体は自由に動くし、意識もはっきりしている。
 何の問題もない。

「そこの者、薬を持ってきた、この薬を皆にのませてくれ」

 カシウス皇子が、おさとおぼしき老人に呼びかける。

「……お前、帝国者だな。またワシたちを騙そうって言うんだろ。どうせ、その薬っていうのもワシらを殺して、疫病ごと、このあたりを綺麗にしようってことなんだろ」

「無礼であるぞ!」

 カシウス皇子に対する老人の不遜ふそんな態度に、周りの兵士たちが殺気立つ。

「殺そうって言うのか? ワシの息子もお前たちに殺されたんだ。息子の元に行けるってんなら、はやくやってくれよ」

 剣を抜こうとする兵士たちをカシウス皇子が手で制す。

「今は、あなた方も大切な帝国臣民だ。信じることはできないかもしれないが、この薬は本物だ。重症の者たちに早く飲ませてほしい」

 カシウス皇子は丁寧な言葉で老人に頭を下げる。

「……ダメだ。お前たちの言うことは信用できない」

 老人の態度はかたくなだった。
 それだけ帝国への恨みは深いのだろう。

「で、では、薬はまだ飲まなくも、お手伝いはさせて頂けませんか? このままでは健康な方も病気になってしまいます」

「ダメだ、お前たち帝国者の助けなど借りん!」

 アリーシアの言葉にもあくまで老人は反発する。

「地区長さん、こんな若い娘さんが手伝ってくれるっていうんだ。今は人の手はいくらでもほしいだろ?」

 そう言ったのはかっぷくのいい四十代ぐらいの女性だった。

「薬ってのは、ちょっと怖いけど……少なくとも亡くなった人たちは弔ってやらないと」 

「ふ、ふん、勝手にしろ」

 老人はそう言ってそっぽを向く。
 帝国への恨みは深いようだったが、手助けが必要な状態であるのは認識しているのだろう。
 
 カシウス皇子が指示を飛ばし、まずは衛生面の改善にとりかかる。
 随伴ずいはんした兵士たちが手伝い、原因となったと考えられる井戸は閉鎖。死者の埋葬と清掃を行う。

 先ほど助けてくれた女性を中心に、女子供たちが持ってきた食料を使って食事の用意をすすめる。

「ほら、あんたも手伝いな!」
「わ、わたし料理はしたことなくって……」

 声をかけられ戸惑うアリーシア。

「ほらほら、教えてあげるから! いくら貴族様っていったって、料理はできて困らないんだからさ」

「わ、わかりました」

 勢いに圧されて、アリーシアは手伝うことになった。

「みなさん、温かい食事の用意ができました」

 アリーシアの言葉に、飢えた者たちが列をなす。
 満足に食事もとれていなかったのだろう。
 おなかが膨れた者たちの顔には生気が戻ってきている。

「人形のお姉ちゃん! オレの友達が大変なんだ!」

 八歳と言っていた男の子がアリーシアにしがみつく。

 アリーシアは、みーちゃんを肩にかけたかばんに顔を出すようにして入れていた。片時も離さず持ち歩いている。

 そんなアリーシアは子供たちから「人形のお姉ちゃん」といわれ、なぜかなつかれていた。

 アリーシアは戸惑うばかりだったが、ミーシャのことを思うと、むげにはできなない。

 男の子に手をひかれ、患者が隔離されている一角までやってくる。
 そこには粗末なむしろをひいた上に、ぐったりしている女の子がいた。

「熱がひどい、はやく薬をのませないと!」
「お願い、助けて!」  

 男の子の懇願に、アリーシアが口移しで薬を飲ませる。
 なんとか女の子も飲み込んでくれた。

「重い症状の方には、急いで薬を飲ませてあげてください!」

「さあ、みんな、手分けして助けるんだよ!」

 アリーシアの真剣な呼びかけに、先ほどの女性も皆を促す。
 
「わ、わかった」

 その言葉にやっと他の者たちも動き出した。
 こうして、なんとか重症患者に薬をいきわたらせることができた。


 翌朝。

「朝ごはんの準備ができましたよー!」

 アリーシアの声にまたみんなが集まってくる。
 昨日とはうってかわって皆の表情は明るい。

 朝食の準備ができるころには、重症患者の熱が下がり始めたのだ。
 回復が早い者は、すでに起き上がることができるようになっていた。

「人形のお姉ちゃん、昨日はありがとう!」
「もう大丈夫、すぐに元気になるよ」

 元気な声で話しかけてきたのは、昨日、アリーシアに助けを求めた男の子だった。

 アリーシアが薬を飲ませた女の子も体を起こすことができるようになっている。
 女の子の世話をやく男の子を見て、温かい気持ちになる。

「……孫を救ってくれたことには感謝する」
「地区長さん……」

 アリーシアが助けた女の子はまとめ役の老人の孫だった。
 そのこともあり、老人は少しだけ態度が軟化した。

 実際に重症患者たちが回復したのを見聞きし、薬と、それを持ってきたカシウス皇子とアリーシアの噂は街全体へと広がっていく。

 高齢者を中心に反発する者たちもまだまだ多かったが、徐々に助けを求める声がはずれの街へと届き始めるのだった。
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