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第9話

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 ちょうど岬と渚が買物から帰って来た。

 「あー、お腹空いた~。何か作ってよ、山下君」

 岬は山下君の料理の腕前がどの程度のものなのかを試そうとしていた。
 おにぎり作りには料理のすべての基本が入っているからだ。

 「いいですよ、何が食べたいですか?」
 「おにぎりが食べたい」
 「ボ、ボクもおにぎりが食べたいんだな?」
 「あはははは 似てる似てる! お腹痛い! あはははは」
 「ではシンプルに、これから「塩むすび」と「味噌おにぎり」を作りますね?」
 「ねえ、「おむすび」と「おにぎり」って違うの? 同じよね? 呼び方が違うだけでしょ?」
 「そう言う人もいますが、ボクは「おむすび」は丸で、「おにぎり」は三角形にする物として区別しています。
 「コンビニおにぎり」とは言いますが、「コンビニおむすび」とはあまり言いませんからね?
 それに「三角おむすび」とは言いませんけど、「三角おにぎり」とは言うでしょう?」
 「ふーん、そうなんだあ」
 「ではご飯を炊きますね。お米の銘柄は何ですか?」
 「コシヒカリよ」
 「どこのコシヒカリですか?」
 「産地のこと? 魚沼産とか会津湯川村産とか?」
 「コシヒカリにも色んなブランド名があるんですよ。
 そもそもコシヒカリの由来は、北陸地方の農業試験場が、新潟のあたりを越後えちごと呼んでいたことにちなんで、越後の「越」を「コシ」と呼んで、「越後の光り輝くお米になるように」との願いを込めて、「コシの光」、つまり「コシヒカリ」と名付けたそうです。
 有名な物で言うと「魚沼コシヒカリ」がありますが、その他「佐渡コシヒカリ」、「会津コシヒカリ」、「浜通コシヒカリ」、県南「ひとめぼれ」や「ゆめぴりか」、「ミルキークイーン」などがあります。
 コシヒカリは甘みと粘りが強く、冷めても美味しいのが特徴です。
 お母さんやお婆ちゃんがふんわりと握るおにぎりは、とても美味しいご馳走です」
 「今はコンビニで簡単に買えちゃうけどね?」
 「あれはすごい発明でしたよね? パリパリの海苔おにぎりが簡単に食べられちゃうんですから」
 「これは栃木県産のコシヒカリのようですね?」


 山下君がお米を研ぎ始めた。
 お米がひたひたになるくらいの水を入れて、やさしくやさしく労るようにお米を洗っている。
 そして静かにその研ぎ汁を捨てた。
 するとそこへ同量の水を入れて炊飯器の中に入れたがスイッチは押さない。

 「えっ? 一回しか研がないの? そして炊飯ジャーのスイッチも押さないじゃないの」
 「強くお米を研ぐと、お米が割れてしまいます。よく研げばツヤツヤと炊きあがり、糠臭さもなくなるのですが、同時に栄養も失われてしまいます。ですからおにぎりには1回「洗う」だけでいいのです。
 そして2時間、お水に浸して置きます。お米に水を吸わせるために。
 本当は薪で羽釜炊きの方がより美味しいのですが、ここにはありませんからね?
 火力はなるべく強い方がいいんです。だからお店では殆どがガス釜を使います。
 それから私は炊飯器の水の目盛を見ません。新米の場合は含水率が高いので、少し水を少なくすることもありますが、普通はお米と同量のお水を入れます。
 お米3合の場合にはお水も3合にします」
 「ふーん、そうなんだあ」
 「そして早く炊きたい場合にはお湯で、時間がある時は冷たい水で炊いた方が甘みが増します。氷をいれるといいですね?」

 
 
 ようやくご飯が炊きあがった。
 
 「炊きあがったらご飯を十字に切って掘り起こして混ぜ、少し冷めてから握ります。
 大体目安としては70℃から75℃くらいがいいでしょう。
 なるべく余分な水蒸気を飛ばしてから握った方が、甘みも増して美味しいからです」

 山下君はふたつのバットにご飯を分け、片方には瀬戸の粗塩と味の素を振り、素早く混ぜた。
 そしてもうひとつのバットには、甘みの強い白味噌『日本海みそ』を入れて混ぜた。
 山下君はお茶碗にホランラップを敷いて、そこに塩味を付けたご飯を入れ、かるくラップを絞って形を整えただけでそれをまな板の上に並べる作業を繰り返した。

 「それだけでいいの? 握らないの?」
 「お寿司と同じで、適度に均等に空気が入るように軽く一回だけ握ります。そうすることでおにぎりを口に入れた時にほころぶからです。
 ただあまり握り方が甘いと、手に取った時に崩れてしまいますから注意が必要です。 やさしく愛情を込めて握ることが大切です」

 どんどんおにぎりが完成していった。
 それはまるで寿司職人のようでもあった。
 山下君が岬と渚、そして俺に寿司海苔を巻いて塩むすびを差し出してくれた。

 「どうぞ食べてみて下さい」
 「ありがとう。いただきまーす。
 もぐもぐ、美味しい! こんなに美味しい「塩むすび」なんて初めて!」
 「良かったら「味噌おにぎり」もどうぞ」
 「うん、どれどれ。味噌おにぎりなんて初めてよ、食べたことない。
 すごい、すごく美味しいわ! 山下君、おむすびの天才なのね!」
 「あ、ありがとうございます。ボ、ボクもおにぎりを食べてもいいですか?」
 「あはははは」
 「あはははは 山下君、最高!」
 
 私たちは山下君と笑って「塩むすび」と「味噌おにぎり」を食べた。
 それから山下君が『陽だまり荘』の料理番になったのは言うまでもない。

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