★【完結】恋ほど切ない恋はない(作品241118)

菊池昭仁

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第4話

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 その時、私の脳内では確かに「カチッ」とスイッチが入った音がした。恋が始まったのである。
 祥子はしっとりとした大人の色香を纏っていた。
 下品な高級ブランド服ではなく、片手にカシミヤの黒いコートと赤いバッグを携え、神戸マダムのようなエレガントな装いをしていた。
 決して派手ではなく、その場の雰囲気を乱さない配慮がなされていたが、そこには他と迎合しない絶対的な存在感があった。
 モデルのように均斉の取れたスタイルに美しい栗色の巻毛、リップの色はオレンジだった。

 「何年ぶりかしらね? 私、後藤よ、後藤祥子。覚えてる?」
 
 大人びたシャネルのアリュールの香りが微かに漂っていた。

 「懐かしいなあ、今、後藤はどこで暮らしているんだ?」
 「仙台よ。娘が嫁いで今は独り暮らし。気楽なものよ」

 (離婚? あるいは旦那さんは単身赴任をしているのだろうか?)

 私がその疑問を問い掛ける前に祥子が言った。

 「私、バツイチなの」

 祥子は上目遣いに私を悪戯っぽく見て微笑んだ。

 「そうか? それじゃあ俺と同じだ」
 「唐沢君もバツイチなの? 独身?」
 「そういうことだ」
 「それじゃあ仲間だね? 私たち。バツイチ仲間。あはははは」

 私はそんな祥子に見惚れていた。

 「ちょっとそこのおふたりさん、チューするのは会費を払ってからにしてよね?」

 西川が私たちにツッコミを入れたことで、その場が和んだ。

 「ハイ茜、一万五千円」
 「祥子、久しぶりね? 銀座の高級クラブのママかと思っちゃったわよ」
 「お婆ちゃんママだけどね? あはははは」
 「ところで今回は矢部先生は来るの?」
 「今回は呼ばなかったの。先生、今はすっかりボケちゃって、在宅介護だから」
 「そうなんだ、会いたかったなあ、矢部先生に」
 「それだけ私たちも歳を取ったっていうことよ」
 
 私は矢部が嫌いだった。担任の矢部は優秀な生徒や親が金持ちの生徒には目を掛け、私のようなエキセントリックな生徒には冷たかったからだ。
 矢部が来ないことに私は安心した。せっかく後藤と再会することが出来たのだ、恩師を囲むクラス会など私には苦痛でしかない。


 男女とも6人ずつ三部屋に別れていた。男は二部屋、女は一部屋だった。
 私たちは荷物を置いて浴衣に着替え、大浴場へと向かった。


 大浴場はタワーの最上階にあり、会津若松市内が一望出来た。
 夕暮れの街には明かりが灯り始め、クルマのライトや信号機が光っていた。

 「やっぱり会津はいいよね?」

 木下が言った。

 「そうだなあ、やはり故郷はいいもんだ。今日は来て良かったよ。誘ってくれてありがとう木下」
 「それは良かった、唐沢君が来てくれてみんなも喜んでいたからね?
 それじゃあ僕は会場の準備があるから先に上がるね? 唐沢君はゆっくりでいいよ、宴会は18時からだから」

 そう言って木下は先に上がっていった。
 近くの山から鳥のさえずりが聴こえた。
 私はひとり、ぼんやりと後藤祥子のことを考えていた。
 
 (そうか、アイツも独身なのか?)

 私の妄想は自分に都合がいいように膨らんで行った。

 
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