★【完結】恋ほど切ない恋はない(作品241118)

菊池昭仁

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第5話

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 宴会場は大広間をパーテーションで仕切られた場所だった。
 会社の祝い事なのか、隣の宴会場には百足近いスリッパが並べられ、嬌声が聴こえていた。
 温泉旅館での宴会は帰る必要がないので酒量も多くなりがちだ。ウチの宴会は女性数人を除いて他は温泉に浸かり、浴衣に丹前という出で立ちをしていた。
 木下がマイクを取った。

 「みなさん、おばんです。本日はお忙しいところ、遠方からの同級生も含めてようこそおいで下さいました。
 会津での幹事は西川茜さんが引き受けて下さり、大変助かりました。西川さん、お疲れ様でした。
 なお、今日の宿泊料金の交渉も西川さんがしてくれたおかげで、破格の料金になっております。
 茜さん、本当にありがとうございました」
 「茜! ありがとな!」
 「よっ、名幹事!」
 「さすけねえ(大丈夫よ)、交渉なら任せて頂戴。今日は飲み放題だからガンガン飲んで騒ぎましょうね!」
 「おおーっ!」
 
 木下が乾杯の音頭を私に指名した。

 「今日は40年ぶりに唐沢君が東京から駆けつけてくれましたので、今夜の乾杯の音頭は唐沢君にお願いしたいと思います。では唐沢君、乾杯の音頭をよろしくお願いします」
 
 私はグラスを持って立ち上がった。

 「それでは木下からのご指名ですので、僭越ですがみなさん、グラスをどうぞ」
 
 みんなもグラスを持った。
 
 「それではみなさん、再会を祝して乾杯!」
 「かんぱーい!」

 拍手が湧いた。


 御膳の席順はくじ引きで決められていた。うれしいことに私の右隣りは後藤で、左は西川だった。
 すぐに西川が私にビールを注いでくれた。

 「はい、飲んで飲んで唐沢君! かけつけ三杯よ」
 
 私は一気にコップのビールを飲み干した。

 「いい飲みっぷりじゃないの? 今日はジャンジャン飲んでね? 私と祥子が介抱してあげるから」
 「俺はいいからふたりとも飲みなよ。俺が介抱してやるから」
 「そんなこと言って私のGカップを触る気でしょう! 唐沢のスケベ!」
 「嘘ばっかり、茜のお胸はせいぜいCカップでしょ? さっきお風呂で見ちゃったもんねー」
 「あはははは、アンパンふたつ入れてくるの忘れてた」
 「あはははは。私も私も」

 私たちの席は一気に盛り上がった。
 すると向かいの席の田崎が御膳を離れ、私たちの会話に参加して来た。

 「何だべ、唐沢のところはやけに盛り上がってんでねえの?」

 田崎が私たちにビールを注いでくれた。
 
 「それじゃあまずは祥子から。ほれ麦ジュースだべ」
 「ありがとう、田崎君もどうぞ」
 「えへへへ、なんだか美人スナック・ママにお酌されてるみたいだな?」
 「バカねー、祥子はスナックじゃなくて、銀座の高級クラブでしょ」
 「あはははは、そうかそうか。それじゃ茜は赤坂だべか?」
 「私? 私は赤羽のフィリピン・パブよ」
 「じゃあ俺は会津のナンバーワンホストだべ」
 「会津に歌舞伎町なんてあったっけ?」
 「俺は会津のナンバーワン演歌歌手、ヨシ・ヤルゾーだ! カラオケ入れてけろ!
 『俺ら東京さ行くだ』を歌うべ!」

 みんなが田崎慎吾の歌に合わせて手拍子をした。お陰で一気に宴は盛り上がった。
 祥子が私に酌をしてくれた。

 「お酒、強いのね?」
 「美人に注がれたら飲まないわけにはいかないよ」
 「うふっ。唐沢君は明日帰るの?」
 「もっとゆっくりしたいんだけど、月曜は会議なんだ。後藤は?」
 「私はもう一泊してから帰るつもり」
 「実家に寄ってから仙台に帰るのか?」
 「まあそんなところ」

 祥子は曖昧な返事をした。

 (まさか男と一緒?)

 私は変な邪推をしてしまった。確かに祥子のようないい女を放っておく男はいない。私の恋はあっけなく沈んだ。


 
 そんなこともあり、私は酒を飲み続けた。やけ酒だった。
 いつの間にか座席はバラバラになり、いくつかのグループに別れ、昔話に話がはずんだ。
 久しぶりの再会ということもあり、私の周りには沢山の級友たちが集まってくれた。
 
 「唐沢ちゃん、再婚しねえのか?」
 「もうすぐ還暦のジジイの所に嫁に来る危篤な女はいねえべさ」

 私も酔ってつい会津弁になってしまった。
 
 「またみんなで集まるべな?」
 「還暦の時にか?」
 「うんだうんだ、赤いちゃんちゃんこ着てな?」
 「それじゃあ私は赤いパンティ履いて来る! あはははは」

 小野寺明美が笑いながらそう言った。

 「そのパンティ、後で記念にオラにくろ」
 「高いわよ~、私のパンツ」
 「オライのベコと交換してくろ」
 「あはははは」

 中学を卒業してから40年、故郷の友だちとは良いものだ。
 私は東京では別な自分を演じていた気がする。本心を隠して生きていた。それが都会で生きる知恵だと思っていた。私は久しぶりに鎧を脱いで楽しんだ。

 「唐沢君、還暦のクラス会にも来てよね?」
 「ああ、参加させてもらうよ」
 「唐沢! 絶対だぞ!」
 「ああ、死んでも来るよ」
 「あははは このおんつあげす(馬鹿野郎)! 死んだら来れねえべ、長生きしろ唐沢!
 よし指切りだ! 嘘ついたら明美のパンティもーらう、指切った!」
 「あはははは」

 
 トイレに宴会場を出た時、廊下の隅で祥子が深刻な顔でスマホで話しをしていた。

 「だから違うってば! いつもあなたはそうなんだから!」

 祥子が私に気づき、スマホの会話を辞めた。

 「まずいところを見られちゃったわね?」
 「何のことだ?」

 私はわざととぼけてみせた。

 「そういうところ、変わってないね? 後でここを出て、市内でふたりで飲まない?」
 「いいけど」
 「それじゃあスマホ貸して。一緒に出ると拙いから」
 
 祥子にスマホを差し出すと、そこに祥子は自分のデータを手際よく登録してくれた。

 「私の仙台の住所とスリーサイズも入れておいたからね?」

 祥子はそう言って笑った。


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