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第5話 出来ない約束
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「坂口課長、書類のチェックをお願いします」
私が律子から書類を受け取ると、水色の少し大きめの付箋が貼られていた。
今夜 ご飯に連れて行って下さい
これは先日の罰ですからね♡
私は書類に検印を押し、その付箋に「OK」と書いて律子に渡した。
仕事を終え、私は律子にLINEを送った。
肉と魚 どっちが
いい?
お肉が食べたい
です♡
上野の叙々苑で
待ってる
気を付けてね
ゆっくりでいい
から
わかりました♡
私は予め叙々苑を予約して、ビールを飲みながら律子を待った。
息を弾ませて律子がやって来た。
「遅れちゃってごめんなさい。自分から誘ったのに。ハアハア」
「私も今来たところだよ」
「課長のそういうところ、好きです」
律子はベージュのバーバリーのトレンチコートを脱ぎ、エルメスのスカーフを外した。
ニットのボルドーレッドのワンピースが、形の良いバストを強調している。
少し大きめのプラチナ・ネックレスが、胸元をよりセクシーに引き立てていた。
「何を飲む?」
「じゃあビールで」
私は時間の掛からないセンマイ刺しとオイキムチ、チャンジャを注文し、タン塩、カルビ、シャトーブリアン、そしてハラミを注文した。
「課長、乾杯しましょ」
私と律子はお互いのグラスを合わせた。
ここ2,3日は晴天が続いていて、くららとは会えない日が続いていた。
だが、くららは俺の傍にいるはずだ。
何となくそんな気配がしていた。
「先日は君だけを残して途中で帰ってしまってすまなかった。今日はそのお詫びをさせてもらうから、たくさん食べなさい。
ところでどうして付箋なんか付けたんだい?
LINEでも良かったのに?」
律子はビールを少し飲んでから私に言った。
「だって、その方がドキドキするじゃないですか?
周りに同僚たちがいるのに「秘密の恋」をしているみたいで」
私は苦笑いをした。
(確かに秘密の恋)かもしれない。ここにはくららがいることを彼女は知らないのだから)
次々と肉が運ばれて来た。
私は七輪に肉を次々に載せていった。
「苦手な物はある?」
「レバー以外なら大丈夫です」
タン塩を律子の皿に乗せた。
「美味しいーっ! 最高の焼き加減です、課長」
「たくさん食べなさい、若いんだから」
「それ、セクハラですよ課長」
「これもアウトか? あはははは」
「でも課長なら許しちゃいます。私、課長にぞっこんですから」
「光栄だな? 会社のマドンナの君にそう言われると」
律子は肉を旨そうに食べていた。
「先日も言いましたけど、私、課長をロックオンしちゃいましたからね?」
くららが笑っている気がした。
「その気持ちは嬉しいが、僕は家内を亡くしたばかりで、まだ恋愛を楽しむ余裕がないんだ。
それに君とは年齢も離れている。
君は美人でモテる。僕の出る幕ではないよ」
律子はグラスを置いて、真っすぐに私を見た。
「私、父を中学の時に亡くしました。
母は高校の音楽教師をして私を育ててくれました。
だから、ファザコンなのかもしれません。
同年代や年下には全然興味がないんです。
考えが幼な過ぎてついていけません。包容力がないんです。あの人たちには」
「私も同じようなものだよ。包容力はないからね。
寧ろ私の方がもっと幼稚かもしれない」
「課長といると安心するんです、私」
今度は律子が私の皿に肉を乗せてくれた。
「私のこと、嫌いですか?」
「小野君を嫌いな男性はいないよ。
でもね、僕は妻のことが忘れられないんだ、これから先もずっと」
私は少し温くなったビールを飲んだ。
「ワインに変えようか?」
「はい」
「すみません、このワインをボトルで下さい」
「かしこまりました」
すぐにワインのボトルも空き、肉もかなり食べた。
「冷麺、食べるか?」
「もうお腹いっぱいです」
「じゃあ、そろそろ出ようか?」
「課長、少し運動しませんか?」
「えっ?」
私はヘンな想像をしてしまった。
「運動?」
「やだなー、課長。そういう運動じゃありませんよ、その運動の前の「準備運動」ですよ。
ボーリングしません? 私、こう見えてもボーリング上手いんですよ。
大学の時、ボーリング同好会でしたから」
ボーリングをしたのは何年ぶりだろう?
私は16ポンドのボーリングボールが少し重く感じたので、14ポンドに変えた。
「課長、勝負しません?」
「どんな勝負だい?」
「課長が勝ったらもう課長のことは諦めます」
「もし、君が勝ったら?」
「私と付き合って下さい」
「いいだろう、受けて立つよ」
いくら学生の時にやっていたとは言え、所詮は女の子、私はその勝負を軽く承諾してしまった。
(私が負けることはあるまい)
私はそうたかをくくっていた。
律子のフォームは完璧だった。
膝下のワンピースのヒップラインと、流れるような曲線美に私は欲情した。
彼女の投げたボールはフックし、センターピンを捉えるとすべてのピンを大きく吹き飛ばした。
豪快なストライクだった。
律子は軽くジャンプをして喜んだ。
張りのある律子の胸が上下に揺れた。
「課長! ストライクですよ! ストライク!
私、女子の大会で準優勝したこともあるんです。
週末のボーリング場主催のイベントですけどね?」
律子はそう言って微笑むと、私にハイタッチを求めた。
律子の掌は少し汗ばんでいた。
それが私にはとても淫らに感じた。
(いいのよ、この娘さんとしても)
くららが面白がって見てるような気がした。
(くらら、僕は君だけを愛しているんだ)
2ゲームをした。彼女のスコアは205と223。私は1ゲーム目が135で、2ゲーム目は少し勘を取り戻したが168止まりだった。
私は律子に完敗した。
「課長、私の勝ちですね?」
「ああ、負けたよ。すごいね、小野君は?」
「課長、約束ですよ」
「・・・」
私たちは上野公園を宛ても無く歩いた。
人気のない、暗い夜の公園。
律子は急に立ち止まると私にキスをした。
それはかなり濃密なキスだった。
私は律子の好きに任せていた。
「課長の嘘吐き! 負けたら私と付き合うって約束したじゃないですか!」
「すまない小野君、私は妻をまだ愛しているんだ! そしてこれからも僕が死ぬまで永遠に!」
「死んじゃった人はもう戻っては来ないんですよ!
連れ合いを失ったら恋をしちゃいけないんですか!
そんなのおかしいです!
これからも課長の人生は続くんですよ!
それで亡くなった奥さんは喜ぶんですか!
私の母も亡くなった父を愛していました!
でも5年経って母は再婚しましたよ!
父も天国で喜んでいてくれているはずです!
だってそうでしょう! 愛した人がしあわせになるんですもの!
それを喜ばない訳がないじゃないですか!
もし課長が奥さんの立場だったらどうです! 奥さんがずっと独りで寂しそうに悲しみを抱いていることを喜びますか!
そんなことないでしょう!」
律子は号泣していた。
私は律子をやさしく抱き締めた。それは恋愛感情としてではなく、自分の娘を労るように。
満月の夜だった。
秋の夜風が歩道の枯葉を揺らしていた。
私が律子から書類を受け取ると、水色の少し大きめの付箋が貼られていた。
今夜 ご飯に連れて行って下さい
これは先日の罰ですからね♡
私は書類に検印を押し、その付箋に「OK」と書いて律子に渡した。
仕事を終え、私は律子にLINEを送った。
肉と魚 どっちが
いい?
お肉が食べたい
です♡
上野の叙々苑で
待ってる
気を付けてね
ゆっくりでいい
から
わかりました♡
私は予め叙々苑を予約して、ビールを飲みながら律子を待った。
息を弾ませて律子がやって来た。
「遅れちゃってごめんなさい。自分から誘ったのに。ハアハア」
「私も今来たところだよ」
「課長のそういうところ、好きです」
律子はベージュのバーバリーのトレンチコートを脱ぎ、エルメスのスカーフを外した。
ニットのボルドーレッドのワンピースが、形の良いバストを強調している。
少し大きめのプラチナ・ネックレスが、胸元をよりセクシーに引き立てていた。
「何を飲む?」
「じゃあビールで」
私は時間の掛からないセンマイ刺しとオイキムチ、チャンジャを注文し、タン塩、カルビ、シャトーブリアン、そしてハラミを注文した。
「課長、乾杯しましょ」
私と律子はお互いのグラスを合わせた。
ここ2,3日は晴天が続いていて、くららとは会えない日が続いていた。
だが、くららは俺の傍にいるはずだ。
何となくそんな気配がしていた。
「先日は君だけを残して途中で帰ってしまってすまなかった。今日はそのお詫びをさせてもらうから、たくさん食べなさい。
ところでどうして付箋なんか付けたんだい?
LINEでも良かったのに?」
律子はビールを少し飲んでから私に言った。
「だって、その方がドキドキするじゃないですか?
周りに同僚たちがいるのに「秘密の恋」をしているみたいで」
私は苦笑いをした。
(確かに秘密の恋)かもしれない。ここにはくららがいることを彼女は知らないのだから)
次々と肉が運ばれて来た。
私は七輪に肉を次々に載せていった。
「苦手な物はある?」
「レバー以外なら大丈夫です」
タン塩を律子の皿に乗せた。
「美味しいーっ! 最高の焼き加減です、課長」
「たくさん食べなさい、若いんだから」
「それ、セクハラですよ課長」
「これもアウトか? あはははは」
「でも課長なら許しちゃいます。私、課長にぞっこんですから」
「光栄だな? 会社のマドンナの君にそう言われると」
律子は肉を旨そうに食べていた。
「先日も言いましたけど、私、課長をロックオンしちゃいましたからね?」
くららが笑っている気がした。
「その気持ちは嬉しいが、僕は家内を亡くしたばかりで、まだ恋愛を楽しむ余裕がないんだ。
それに君とは年齢も離れている。
君は美人でモテる。僕の出る幕ではないよ」
律子はグラスを置いて、真っすぐに私を見た。
「私、父を中学の時に亡くしました。
母は高校の音楽教師をして私を育ててくれました。
だから、ファザコンなのかもしれません。
同年代や年下には全然興味がないんです。
考えが幼な過ぎてついていけません。包容力がないんです。あの人たちには」
「私も同じようなものだよ。包容力はないからね。
寧ろ私の方がもっと幼稚かもしれない」
「課長といると安心するんです、私」
今度は律子が私の皿に肉を乗せてくれた。
「私のこと、嫌いですか?」
「小野君を嫌いな男性はいないよ。
でもね、僕は妻のことが忘れられないんだ、これから先もずっと」
私は少し温くなったビールを飲んだ。
「ワインに変えようか?」
「はい」
「すみません、このワインをボトルで下さい」
「かしこまりました」
すぐにワインのボトルも空き、肉もかなり食べた。
「冷麺、食べるか?」
「もうお腹いっぱいです」
「じゃあ、そろそろ出ようか?」
「課長、少し運動しませんか?」
「えっ?」
私はヘンな想像をしてしまった。
「運動?」
「やだなー、課長。そういう運動じゃありませんよ、その運動の前の「準備運動」ですよ。
ボーリングしません? 私、こう見えてもボーリング上手いんですよ。
大学の時、ボーリング同好会でしたから」
ボーリングをしたのは何年ぶりだろう?
私は16ポンドのボーリングボールが少し重く感じたので、14ポンドに変えた。
「課長、勝負しません?」
「どんな勝負だい?」
「課長が勝ったらもう課長のことは諦めます」
「もし、君が勝ったら?」
「私と付き合って下さい」
「いいだろう、受けて立つよ」
いくら学生の時にやっていたとは言え、所詮は女の子、私はその勝負を軽く承諾してしまった。
(私が負けることはあるまい)
私はそうたかをくくっていた。
律子のフォームは完璧だった。
膝下のワンピースのヒップラインと、流れるような曲線美に私は欲情した。
彼女の投げたボールはフックし、センターピンを捉えるとすべてのピンを大きく吹き飛ばした。
豪快なストライクだった。
律子は軽くジャンプをして喜んだ。
張りのある律子の胸が上下に揺れた。
「課長! ストライクですよ! ストライク!
私、女子の大会で準優勝したこともあるんです。
週末のボーリング場主催のイベントですけどね?」
律子はそう言って微笑むと、私にハイタッチを求めた。
律子の掌は少し汗ばんでいた。
それが私にはとても淫らに感じた。
(いいのよ、この娘さんとしても)
くららが面白がって見てるような気がした。
(くらら、僕は君だけを愛しているんだ)
2ゲームをした。彼女のスコアは205と223。私は1ゲーム目が135で、2ゲーム目は少し勘を取り戻したが168止まりだった。
私は律子に完敗した。
「課長、私の勝ちですね?」
「ああ、負けたよ。すごいね、小野君は?」
「課長、約束ですよ」
「・・・」
私たちは上野公園を宛ても無く歩いた。
人気のない、暗い夜の公園。
律子は急に立ち止まると私にキスをした。
それはかなり濃密なキスだった。
私は律子の好きに任せていた。
「課長の嘘吐き! 負けたら私と付き合うって約束したじゃないですか!」
「すまない小野君、私は妻をまだ愛しているんだ! そしてこれからも僕が死ぬまで永遠に!」
「死んじゃった人はもう戻っては来ないんですよ!
連れ合いを失ったら恋をしちゃいけないんですか!
そんなのおかしいです!
これからも課長の人生は続くんですよ!
それで亡くなった奥さんは喜ぶんですか!
私の母も亡くなった父を愛していました!
でも5年経って母は再婚しましたよ!
父も天国で喜んでいてくれているはずです!
だってそうでしょう! 愛した人がしあわせになるんですもの!
それを喜ばない訳がないじゃないですか!
もし課長が奥さんの立場だったらどうです! 奥さんがずっと独りで寂しそうに悲しみを抱いていることを喜びますか!
そんなことないでしょう!」
律子は号泣していた。
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