★【完結】雨の夜 君とノクターンを(作品230319b)

菊池昭仁

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第6話 独りよがりの愛

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 「どうしてあの日、あの娘を抱いてあげなかったの?」

 くららはダイニングテーブルに頬杖を突いて、笑って私を見ていた。
 1週間ぶりの雨の夜だった。


 私はあの日、律子を彼女の家まで送って行った。

 「課長、送っていただきありがとうございました。
 今夜もとても楽しかったです」
 「じゃあ、おやすみ」
 「少し寄っていきませんか? 散らかってますけど」
 「ありがとう、君も疲れただろうからゆっくり休むといい」

 そう言って、歩き始めた私を律子は呼び止めた。

 「課長、またご飯食べに連れて行って下さいね? 約束ですよ」

 私は振り返らずに右手を軽く挙げてそれに応えた。
 私は律子を抱く気にはなれなかった。


 「妻の見ている前で他の女は抱けないよ」
 「あら、ということは私に見られなければ「しちゃう」んだ?」
 「くららとならしたいよ」
 「昨日、自分でしてたじゃない? かわいそうに。
 いいのよ、男の人は溜まっちゃうから仕方がないもの。
 それに彼女の言っていたことってその通りだと思う。
 私はあなたがしあわせならそれでうれしいの。
 あなたが寂しい顔をしているのを見ているのは辛いわ。 
 一度、彼女とお付き合いしてみたらどう?
 私なら構わないわよ。その時は見ないようにしてあげるから」
 
 私はマッカランの25年をキャビネットから取り出し、氷を入れたグラスに注いだ。

 「くらら、俺は君をずっと愛していたいんだ。こうして雨の夜にくららと会えれば寂しくはないよ」
 「うれしいっけど嬉しくないなあ。
 人はね、いつまでも若くはいられないものよ。テルはもう若くはないのよ、身体も衰えて行くわ。
 三大欲求を満たすことは生きていくには必要なことよ。食べて寝て、そしてエッチして。
 そのうちエッチも出来なくなるけどね?
 でもね、人肌っていいものよ。安心するわよね? 人の肌の温もりって。
 誰かが傍にいてくれるって素敵な事よ。
 辛いことは半分になるし、喜びは何倍にもなる。
 私は大丈夫、テルにたまに想い出してもらえたらそれでいいの。
 それに・・・、そうすれば私も安心して成仏出来るし」
 「えっ」
 「あなたに会えるのはうれしいわ。でも私がこうしているのはあなたのことが心配だからなの。だからお願い、私を心配させないで」
 「くらら・・・」

 私はタバコに火を点けて考えた。

 (もしかすると私がくららが天国に行くことを邪魔しているのかもしれない)

 「テル、お願いだからこれからの自分のしあわせを考えて欲しいの。
 それが私の幸福でもあるのよ」
 「ゴメン、くらら。君の事もよく考えずに我儘を言って」
 「死んじゃった私には、もうあなたに何もしてあげられない。それが辛いの・・・」

 そしてくららは消えた。

 私はくららを想い続けて生きることが、本当の愛情だと思っていた。
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