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第3話

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 担任をしているクラスの生徒が殴り合いの喧嘩をした。
 私は最初に殴り掛かったという斎藤信吾と面談をした。


 「めずらしいな? お前が田中を殴るなんて」
 「アイツが母をバカにしたからです」

 彼の家は母子家庭で、母親はクラブを経営していた。
 信吾はクラスメイトたちとは馴染めず、休み時間になるといつも本ばかり読んでいる生徒だった。
 一方の生徒、田中はクラスのリーダー的存在で、父親は地元の信用金庫の支店長をしており、息子に過度の期待を掛けていた。
 先日の三者面談の際も、


 「大泉先生、息子にはどうしても医者になってもらいたいんです。
 私は元々医学部志望だったんですが、受験に失敗して今では信金のしがない行員です。
 だからどうしても息子は医者にしたい。 
 よろしくお願いします」
 「先生、医者なんて俺には無理だよね? 言ってやってよ、コイツには医学部は無理だって」
 「成績的にはがんばれば私立の医学部なら可能性はありますが、本人が希望していないとなるとどうなんでしょうか?」
 「この子はまだ高校生です。世の中の仕組みを良く分かってはいません。
 子供の将来は親が導いてあげるべきだと私は思いますがね?」
 「親父、俺は早稲田か慶応に入れば何でもいいよ。
 大学に入ったら遊びたいし、ブランドの大学なら就職もラクだしな?」
 「大学は出ればいいというもんじゃない。お父さんがどれだけ苦労したと思っているんだ。
 高崎経済だから地元の信金にしか入れなかったんだぞ」

 俺はうんざりしていた。
 自分の叶えられなかった夢を子供に託す父親、子供は親のリベンジの道具ではないのだ。


 そんな田中にいつもは大人しい信吾が殴り掛かった。
 その場にいた生徒たちの話ではこうだった。


 「田中が信吾に「お前の母ちゃん、飲み屋をやってんだろう? いくらでヤラせてんだ?」ってからかったんです、悪いのは田中です」

 親も親なら子供も同じだ。
 田中も親と同じような人生を生きて行くのだろう。
 だが俺は違う、あんな父親に俺は絶対にならない、なりたくはない。


 「信吾、お母さんのことを侮辱されたそうだな?
 気持ちはわかるが、手を出しては駄目だ。 暴力では何も解決はしない」

 
 信吾は黙っていた。
 俺には信吾の気持ちが分かるし、俺も同じことをしたはずだ。
 だが、それは教師としては容認出来るものではない。


 「信吾、お父さんは好きか?」
 「嫌いです、俺たち家族を捨てたヤツだから」
 「殴られたりしたのか?」
 「そんなことはしません、でも母と妹、そして僕を捨てて出て行ったんです。
 あんなヤツ、父親じゃありません」

 私はこの時、この高校生に親近感を覚えた。


 「俺もそうだよ、信吾と同じだ。
 俺も親父に捨てられて、親父が大嫌いだった」
 「先生も?」
 「ああ、俺もお前と同じだ。
 でもな? そんな父親でもいるだけでいいと思う、今はだけどな?」
 「どうしてですか?」
 「親子だからだよ。
 俺はまだ独身だから父親の気持ちは良くわからない。
 だから正確には仮説だけどな?」
 「僕は父を許せません」
 「別にいいんじゃないか? それならそれで。
 俺もそうやって生きて来たから」
 「先生、僕、田中には謝りませんよ」
 「悪いのは田中だからな? それにオマエも殴られた、それでいいんじゃないか?
 まあ言いたい奴には言わせておけばいい、相手にするな」
 「はい・・・」

 カウンセリングルームの天井に、中庭の池の光が反射して揺れていた。 
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