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第8話

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 「お兄ちゃん、ご飯出来たよー」


 食卓には鍋が用意されていた。

 「旨そうだな? 今日は鍋か?」
 「寒いからね? お鍋で暖まろうよ」
 「瞳が銀行の帰りにスーパーでお鍋の材料を買って来てくれたのよ」

 そこには親父が好きだった、ホタテとタコも入れてあった。
 寄せ鍋にはタコはあまり入れないが、それは親父の好物だった。


 「タコも買ったのか?」
 「なんだかつい、買っちゃった。
 パパが好きだったから」

 お袋は寂しそうに微笑んでいた。


 「親父、タコ、好きだったよな?」

 親父の顔が目に浮かんだ。
 鍋をすると親父はよく俺たちに言っていた。

 「いいか? 鍋には絶対にタコだ。
 噛めば噛むほど味もいいし、この食感もいいからな?」
 「うん」
 「パパ、タコさんを入れるとたこ焼きみたいだね?」
 「明石焼きとかだとお出汁で食べるのよ」
 「おでんにタコを入れるところもあるしな?」


 うれしそうに親父はビールを飲み、タコを食べていた。
 離れてしまった親父と家族にも、そんな時はあった。

 鍋を囲むということは、家族の幸福の象徴だ。
 親父は誰かと一緒に鍋を食べていたのだろうか?
 俺は棚からグラスを取出し、いつも親父が座っていた席にビールを供えた。




 2018年11月11日

 洗面所で血を吐いた。
 食欲もなく、倦怠感と微熱が続いていたので病院へ行った。

 1週間の検査入院。
 入院の手続きの際、同意書にサインをしてくれる人もいないことに気付く。
 ひとりで入院の準備をした。



 2018年11月12日

 入院初日。
 生まれて初めて入院をした。
 朝から検査の連続。
 CTも初めてやったが閉所恐怖症の俺には辛い。
 意外にも病院の食事はまあまあだった。

 雰囲気から察して、手術は避けられないようだ。

 怖い。

 これもまた自業自得だ。




 2018年11月13日

 手術はしなくてよくなった。
 というよりももう出来ないらしい。
 手遅れだった。

 人はいずれ死ぬ。だが自分が死ぬなどとは思いもしなかった。

 死にたくない、死ぬのが怖い。

 家族で鍋を食べた夢を見た。
 食べようとして目が覚めた。






 そんな親父に会おうともしなかった俺は人でなしの息子だ。
 どんなに親父は心細かったことだろう。
 どんなに不安だったことだろう。

 そんなことも知らずに俺は親父を見舞おうともしなかった。
 自業自得だと親父は言うがそうじゃない、親父は俺たち家族を守ろうとしてくれたのだ。
 それを俺は理解しようともしなかった。

 親父たち夫婦のことはよくわからないが、少なくとも親父は俺と瞳を大事にしてくれた。
 俺たちは寂しかったんだと思う。嫉妬していたんだと思う。
 大好きな親父を他の女に盗られたと思ったのだ。

 お袋がかわいそうだと思ったのは確かだが、それ以上に自分が捨てられたと思った。
 尊敬していた大好きだった父親に捨てられたと、俺は父を恨んでいた。

 親父の苦しみを理解しようともせずに。 
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