★【完結】アネモネ(作品230605)

菊池昭仁

文字の大きさ
10 / 12

第10話 極道の定め

しおりを挟む
 焼鳥に加え、生ビールの評判も上々となり、小さな店はいつも満席だった。


 「ついに出たか? 生ビール?」
 「焼鳥だけでもうめえのに、これじゃ飲まずにいらんねえなあ」
 「ホントだよ、安いチェーン店の居酒屋とかに行くとさ、ジョッキがタバコのヤニ臭かったりするもんな?
 あれたぶん、灰皿と一緒に洗浄機に入れてんだぜ」
 「ひでえな、その店」
 「ビールは生きてますからね?」

 銀次は焼鳥を焼きながら、うれしそうに笑っていた。

 「このビールにこの焼鳥はたまんねえなあ」
 「美味しくて死んじゃうかも、この焼鳥とビールのマリアージュ!」
 「俺、この鳥皮のカリカリが、めっちゃ好きやがちゃ」
 「アンタ、もう5杯目やがちゃ」
 「だら(バカ)、もう5杯やなくてまだ5杯っちゃ」
 「大将、私もお替り頂戴」
 
 いつも店には笑顔の花が咲いていた。
 裁判所には笑顔がない。
 あるのは憎しみと落胆、悲しみと失望、そして嘲笑だ。
 盗ったの盗られたの、騙したの騙されたの、払えだの払わないだの、殺したの殺されたの・・・。
 それを法律に基づいて私心を捨て、公平に審判を下す。
 裁判官という仕事は医者や教師と同様、手を抜こうと思えばラクな仕事だが、理想を追求しようとすれば自分の人生を捧げる覚悟がいる仕事だ。

 被告と被害者、そしてその家族のことを思い浮かべたら、簡単に判決文など書くことは出来ない。
 私の考えひとつで、その人間たちの人生を変えてしまうのだ。
 刑事の場合の冤罪もそうだ。
 そんなものは裁判官の責任ではないと主張することは容易に出来る。

 「俺は警察や検察の提出した証拠に基づき、適切に判決を下した。悪いのは検察と警察だ」

 と、言い逃れはいくらでも出来る。
 
 「自分は裁きを誤ってしまった」

 そうして自分を責めたら生きてなどいられない。


 この小さな焼鳥屋は、私にとっての楽園だった。
 焼鳥を食べて酒を飲み、会社での愚痴や不平不満、愛を語る恋人たち。
 家族の前では言えない想いなど、お客たちは各々癒されて明日へと向かうのだ。

 ここでは様々な人生が交錯している。
 そんな人たちの話し相手をしながら、焼鳥を焼き、酒を提供する。
 枯れかけていた私の心は、少しずつ人間としての良心を取り戻していった。



 閉店になり、後片付けをしていると、

 「ちょっとコンビニにタバコを買って来る」
  
 そう言って銀次が店の外へ出た直後だった、

 「よくも俺の親父を!」という叫び声と乾いた銃声がした。

 パンパン パンパン パンパン

 6発? 回転式拳銃であれば全弾を撃ち尽くしたことになる。
 私の全身から血の気が引いた。
 咄嗟に外へ出ると犯人は逃走し、銀次が血を流して仰向けに倒れていた。


 「親方! 誰に、誰にやられたんですか!
 すぐに救急車を呼びますからね? しっかりして下さい!」
 
 すぐに銀次の胸と腹の出血を抑えようとしたが、どんどん血が噴き出して来る。
 私は店からありったけのタオルを持って来て、そこを必死で押えた。

 「おそ、らく・・・、 ハア、ハア、あの、時、死ん、だヤツの、ガキだろ、う・・・。
 しょう、がねえ・・・、よ、ハアハア、これ、が、極道、のさだ、め、だ・・・からな。
 店を、たの、む・・・」
 「親方ーーーっ! 銀次さん!」
 「心配、する、な。
 おまえ、も、いつか、死ぬんだ、から・・・、お先、だよ・・・」
「銀次さーーーーっつ! 死んじゃ駄目だ!」

 すぐに人だかりとなり、辺りは騒然とした。
 次第に近づいてくる救急車とパトカーのサイレン。
 ピストルの硝煙と血の匂いが立ち込めていた。




 銀次は死んだ。

 連日のように事情聴取を受けたが、身分を明かすことはしなかった。 
 犯人はあの時死んだ息子だった。逆恨みの犯行だった。
 怨恨で人を殺す場合、相手への憎しみと、生き返るのではないかとの恐怖から、何度もメッタ刺しにしたり、込められた銃弾を撃ち尽くすことが多い。
 今回の事件もそうだった。
 警察の取り調べに対して息子は黙秘を続けているという。
 この息子は事件の真相も、銀次という男のことも何も知らない。
 ただ、父親を殺されたことへの憎しみが復讐となり、仇を討つという結果になってしまった。



 私は銀次の簡単な葬儀を済ませ、1週間店を閉め、喪に服した。
 あまりにも突然の出来事に、私はまるで悪い夢を見ているかのようだった。

 銀次の遺言もあり、私はとりあえず店を開けた。
 小さな町ということもあり、噂はすぐに広まり、客足は遠のいていったが、少しずつ、常連たちが店に戻って来てくれた。


 「純ちゃん、大将、大変だったなあ」
 「また足を運んでいただき、ありがとうございます」
 「今時いいヤクザだったよ、大将は」
 「知っていたんですか?」
 「地元では『風の銀次』って、有名な伝説の極道だった男だ」
 「風の銀次?」
 「風のように淀みのない極道だってことだよ。
 庶民の味方っていうのかなあ、古き良き時代の高倉健みたいな任侠の男だった」

 銀次は地元では愛された極道だったようだ。
 私は焼鳥を焼きながら、涙で焼鳥が滲んで見えた。

 「純ちゃん、泣いてるのか?」
 「焼台の煙が、目に沁みただけです」
 「そうか・・・、生、お替り」

 常連の藤森さんも泣いていた。

 私は銀次の店を受け継ぐことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

1分で読める怖い話短編集

しょくぱん
ホラー
一分で読める怖い話を定期的に投稿しています。 感想などをいただけると嬉しいです。 応援よろしくお願いします。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...