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第10話 極道の定め
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焼鳥に加え、生ビールの評判も上々となり、小さな店はいつも満席だった。
「ついに出たか? 生ビール?」
「焼鳥だけでもうめえのに、これじゃ飲まずにいらんねえなあ」
「ホントだよ、安いチェーン店の居酒屋とかに行くとさ、ジョッキがタバコのヤニ臭かったりするもんな?
あれたぶん、灰皿と一緒に洗浄機に入れてんだぜ」
「ひでえな、その店」
「ビールは生きてますからね?」
銀次は焼鳥を焼きながら、うれしそうに笑っていた。
「このビールにこの焼鳥はたまんねえなあ」
「美味しくて死んじゃうかも、この焼鳥とビールのマリアージュ!」
「俺、この鳥皮のカリカリが、めっちゃ好きやがちゃ」
「アンタ、もう5杯目やがちゃ」
「だら(バカ)、もう5杯やなくてまだ5杯っちゃ」
「大将、私もお替り頂戴」
いつも店には笑顔の花が咲いていた。
裁判所には笑顔がない。
あるのは憎しみと落胆、悲しみと失望、そして嘲笑だ。
盗ったの盗られたの、騙したの騙されたの、払えだの払わないだの、殺したの殺されたの・・・。
それを法律に基づいて私心を捨て、公平に審判を下す。
裁判官という仕事は医者や教師と同様、手を抜こうと思えばラクな仕事だが、理想を追求しようとすれば自分の人生を捧げる覚悟がいる仕事だ。
被告と被害者、そしてその家族のことを思い浮かべたら、簡単に判決文など書くことは出来ない。
私の考えひとつで、その人間たちの人生を変えてしまうのだ。
刑事の場合の冤罪もそうだ。
そんなものは裁判官の責任ではないと主張することは容易に出来る。
「俺は警察や検察の提出した証拠に基づき、適切に判決を下した。悪いのは検察と警察だ」
と、言い逃れはいくらでも出来る。
「自分は裁きを誤ってしまった」
そうして自分を責めたら生きてなどいられない。
この小さな焼鳥屋は、私にとっての楽園だった。
焼鳥を食べて酒を飲み、会社での愚痴や不平不満、愛を語る恋人たち。
家族の前では言えない想いなど、お客たちは各々癒されて明日へと向かうのだ。
ここでは様々な人生が交錯している。
そんな人たちの話し相手をしながら、焼鳥を焼き、酒を提供する。
枯れかけていた私の心は、少しずつ人間としての良心を取り戻していった。
閉店になり、後片付けをしていると、
「ちょっとコンビニにタバコを買って来る」
そう言って銀次が店の外へ出た直後だった、
「よくも俺の親父を!」という叫び声と乾いた銃声がした。
パンパン パンパン パンパン
6発? 回転式拳銃であれば全弾を撃ち尽くしたことになる。
私の全身から血の気が引いた。
咄嗟に外へ出ると犯人は逃走し、銀次が血を流して仰向けに倒れていた。
「親方! 誰に、誰にやられたんですか!
すぐに救急車を呼びますからね? しっかりして下さい!」
すぐに銀次の胸と腹の出血を抑えようとしたが、どんどん血が噴き出して来る。
私は店からありったけのタオルを持って来て、そこを必死で押えた。
「おそ、らく・・・、 ハア、ハア、あの、時、死ん、だヤツの、ガキだろ、う・・・。
しょう、がねえ・・・、よ、ハアハア、これ、が、極道、のさだ、め、だ・・・からな。
店を、たの、む・・・」
「親方ーーーっ! 銀次さん!」
「心配、する、な。
おまえ、も、いつか、死ぬんだ、から・・・、お先、だよ・・・」
「銀次さーーーーっつ! 死んじゃ駄目だ!」
すぐに人だかりとなり、辺りは騒然とした。
次第に近づいてくる救急車とパトカーのサイレン。
ピストルの硝煙と血の匂いが立ち込めていた。
銀次は死んだ。
連日のように事情聴取を受けたが、身分を明かすことはしなかった。
犯人はあの時死んだ息子だった。逆恨みの犯行だった。
怨恨で人を殺す場合、相手への憎しみと、生き返るのではないかとの恐怖から、何度もメッタ刺しにしたり、込められた銃弾を撃ち尽くすことが多い。
今回の事件もそうだった。
警察の取り調べに対して息子は黙秘を続けているという。
この息子は事件の真相も、銀次という男のことも何も知らない。
ただ、父親を殺されたことへの憎しみが復讐となり、仇を討つという結果になってしまった。
私は銀次の簡単な葬儀を済ませ、1週間店を閉め、喪に服した。
あまりにも突然の出来事に、私はまるで悪い夢を見ているかのようだった。
銀次の遺言もあり、私はとりあえず店を開けた。
小さな町ということもあり、噂はすぐに広まり、客足は遠のいていったが、少しずつ、常連たちが店に戻って来てくれた。
「純ちゃん、大将、大変だったなあ」
「また足を運んでいただき、ありがとうございます」
「今時いいヤクザだったよ、大将は」
「知っていたんですか?」
「地元では『風の銀次』って、有名な伝説の極道だった男だ」
「風の銀次?」
「風のように淀みのない極道だってことだよ。
庶民の味方っていうのかなあ、古き良き時代の高倉健みたいな任侠の男だった」
銀次は地元では愛された極道だったようだ。
私は焼鳥を焼きながら、涙で焼鳥が滲んで見えた。
「純ちゃん、泣いてるのか?」
「焼台の煙が、目に沁みただけです」
「そうか・・・、生、お替り」
常連の藤森さんも泣いていた。
私は銀次の店を受け継ぐことにした。
「ついに出たか? 生ビール?」
「焼鳥だけでもうめえのに、これじゃ飲まずにいらんねえなあ」
「ホントだよ、安いチェーン店の居酒屋とかに行くとさ、ジョッキがタバコのヤニ臭かったりするもんな?
あれたぶん、灰皿と一緒に洗浄機に入れてんだぜ」
「ひでえな、その店」
「ビールは生きてますからね?」
銀次は焼鳥を焼きながら、うれしそうに笑っていた。
「このビールにこの焼鳥はたまんねえなあ」
「美味しくて死んじゃうかも、この焼鳥とビールのマリアージュ!」
「俺、この鳥皮のカリカリが、めっちゃ好きやがちゃ」
「アンタ、もう5杯目やがちゃ」
「だら(バカ)、もう5杯やなくてまだ5杯っちゃ」
「大将、私もお替り頂戴」
いつも店には笑顔の花が咲いていた。
裁判所には笑顔がない。
あるのは憎しみと落胆、悲しみと失望、そして嘲笑だ。
盗ったの盗られたの、騙したの騙されたの、払えだの払わないだの、殺したの殺されたの・・・。
それを法律に基づいて私心を捨て、公平に審判を下す。
裁判官という仕事は医者や教師と同様、手を抜こうと思えばラクな仕事だが、理想を追求しようとすれば自分の人生を捧げる覚悟がいる仕事だ。
被告と被害者、そしてその家族のことを思い浮かべたら、簡単に判決文など書くことは出来ない。
私の考えひとつで、その人間たちの人生を変えてしまうのだ。
刑事の場合の冤罪もそうだ。
そんなものは裁判官の責任ではないと主張することは容易に出来る。
「俺は警察や検察の提出した証拠に基づき、適切に判決を下した。悪いのは検察と警察だ」
と、言い逃れはいくらでも出来る。
「自分は裁きを誤ってしまった」
そうして自分を責めたら生きてなどいられない。
この小さな焼鳥屋は、私にとっての楽園だった。
焼鳥を食べて酒を飲み、会社での愚痴や不平不満、愛を語る恋人たち。
家族の前では言えない想いなど、お客たちは各々癒されて明日へと向かうのだ。
ここでは様々な人生が交錯している。
そんな人たちの話し相手をしながら、焼鳥を焼き、酒を提供する。
枯れかけていた私の心は、少しずつ人間としての良心を取り戻していった。
閉店になり、後片付けをしていると、
「ちょっとコンビニにタバコを買って来る」
そう言って銀次が店の外へ出た直後だった、
「よくも俺の親父を!」という叫び声と乾いた銃声がした。
パンパン パンパン パンパン
6発? 回転式拳銃であれば全弾を撃ち尽くしたことになる。
私の全身から血の気が引いた。
咄嗟に外へ出ると犯人は逃走し、銀次が血を流して仰向けに倒れていた。
「親方! 誰に、誰にやられたんですか!
すぐに救急車を呼びますからね? しっかりして下さい!」
すぐに銀次の胸と腹の出血を抑えようとしたが、どんどん血が噴き出して来る。
私は店からありったけのタオルを持って来て、そこを必死で押えた。
「おそ、らく・・・、 ハア、ハア、あの、時、死ん、だヤツの、ガキだろ、う・・・。
しょう、がねえ・・・、よ、ハアハア、これ、が、極道、のさだ、め、だ・・・からな。
店を、たの、む・・・」
「親方ーーーっ! 銀次さん!」
「心配、する、な。
おまえ、も、いつか、死ぬんだ、から・・・、お先、だよ・・・」
「銀次さーーーーっつ! 死んじゃ駄目だ!」
すぐに人だかりとなり、辺りは騒然とした。
次第に近づいてくる救急車とパトカーのサイレン。
ピストルの硝煙と血の匂いが立ち込めていた。
銀次は死んだ。
連日のように事情聴取を受けたが、身分を明かすことはしなかった。
犯人はあの時死んだ息子だった。逆恨みの犯行だった。
怨恨で人を殺す場合、相手への憎しみと、生き返るのではないかとの恐怖から、何度もメッタ刺しにしたり、込められた銃弾を撃ち尽くすことが多い。
今回の事件もそうだった。
警察の取り調べに対して息子は黙秘を続けているという。
この息子は事件の真相も、銀次という男のことも何も知らない。
ただ、父親を殺されたことへの憎しみが復讐となり、仇を討つという結果になってしまった。
私は銀次の簡単な葬儀を済ませ、1週間店を閉め、喪に服した。
あまりにも突然の出来事に、私はまるで悪い夢を見ているかのようだった。
銀次の遺言もあり、私はとりあえず店を開けた。
小さな町ということもあり、噂はすぐに広まり、客足は遠のいていったが、少しずつ、常連たちが店に戻って来てくれた。
「純ちゃん、大将、大変だったなあ」
「また足を運んでいただき、ありがとうございます」
「今時いいヤクザだったよ、大将は」
「知っていたんですか?」
「地元では『風の銀次』って、有名な伝説の極道だった男だ」
「風の銀次?」
「風のように淀みのない極道だってことだよ。
庶民の味方っていうのかなあ、古き良き時代の高倉健みたいな任侠の男だった」
銀次は地元では愛された極道だったようだ。
私は焼鳥を焼きながら、涙で焼鳥が滲んで見えた。
「純ちゃん、泣いてるのか?」
「焼台の煙が、目に沁みただけです」
「そうか・・・、生、お替り」
常連の藤森さんも泣いていた。
私は銀次の店を受け継ぐことにした。
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