★【完結】メタルシティ(作品230619)

菊池昭仁

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第13話 死の選別

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 白衣を着た十数人の医学生たちが、談笑しながら私の前を通り過ぎて行った。

 「お前、今日の解剖はあと何体だ?」
 「午前中に3体やって、午後からは2体。いい加減、流石にもううんざりだよ」
 「桐野はまだいいよ、死んでるご遺体の解剖だから。俺は臨床試験と言う名の「人体実験」だ。ジジババとは言え、流石に堪えるよ。まるでかつての旧日本陸軍、あの731部隊と同じだ」
 「でもいいじゃないか? そのお陰でしょっちゅう製薬会社から銀座で接待されて、おまけに「お車代」とかいって、小遣まで貰えるんだろう?」
 「だったらお前も前田教授に志願しろよ、「ラボに移動させて下さい」ってな? そうすればザギンでシースー喰ってホステスとやって、10万円の小遣いが貰えるぞ。その代わり、老人たちの「死にたくない、殺さないでくれ!」っていう断末魔の叫びと、哀願するような眼差しに、耐える自信があればの話だがな? そのせいで平野は今も閉鎖病棟に入院したままだ」
 「やっぱ辞めとくよ。俺は人が死なねえラクな皮膚科か泌尿器科志望だからな。あはははは。
 早いとこクリニックを開業して大金持ちだぜ」



 私はいつものようにこの海岸通りのベンチに座り、ただボーッと海を眺めていた。
 ダイヤモンドをばら撒いたように煌めく海。海猫たちが長閑のどかに空を舞っていた。
 このメタルシティに来てから、すでに一週間が過ぎようとしていた。
 

 見知らぬ老人が話し掛けて来た。
 
 「下品な医者の卵たちですな? あんな連中が将来、医者になるのかと思うとゾッとしますな?」
 「仕方がありませんよ。我々の体は彼らの「教材」になるのですから」
 「私は畦倉啓介あぜくらけいすけといいます。岩手の盛岡の出身です」
 「はじめまして。大野修一です。名古屋から参りました」

 私たちは握手を交わし、畦倉は私の隣に腰を降ろした。

 「小山田は悪魔ですな? よくもまあ、こんな巨大な姥捨て山を作り、安楽死などと馬鹿げたことを考えおって。あやつはヒトラーの生まれ変わりでしょうな? ここはまるでナチスの作ったユダヤ人居留区、ゲットーのようです。
 大野さんは我々がどうやって殺されるか、ご存知ですかな?」
 「いえ、知りません。ここには一週間前に来たばかりなので」
 「左様か? 実はな、それぞれ人によって殺され方が違うんじゃよ。
 マイナンバーカードに記憶されている、『国民評価ポイント』によって5段階に分類されます。
 800ポイント以上から1,000ポイントの国民は、フカフカのベッドである薬物を注射され、好きな音楽を聴きながら眠るように死ぬことが出来る。
 600ポイント以上、800ポイント未満ではシャブ漬けにされ、ボロボロの廃人になって死んで行きます。
 400から600ポイントの老人たちは『死の舞踏会』に招かれて踊り続け、最後は会場に充満させたサリン・ガスで殺される。
 200から400ポイントになるとアウシュビッツのように裸にされてガス室に寿司詰めにされて恐怖の中で死を迎える。
 一番悲惨なのが200ポイントにも満たない連中だ。
 彼らはモルモット。つまり、様々な人体実験に利用されることになる。
 そしてその『国民評価ポイント』の数値はこのメタルシティの執行官しか知らんのです」
 「そうでしたか・・・」

 私にはどうでも良い話だった。
 苦しまずに眠るように死のうが、銃殺や絞首刑になろうが死ぬことに変わりがないからだ。
 たとえラクに死ねたとしても、それは現世でのことであり、死後の神の裁きは別だ。
 家族から見捨てられ、5年前に左目を失明し、心筋梗塞。今、心臓が30%しか動いていない私にとって、いつも死は身近なものだった。
 おそらく私はここで安楽死を待つことなく死を迎えることになるだろう。
 懸命に働き、贅沢に暮らした。
 大きな屋敷や高級車、いつも女たちと一緒に過ごしていた。
 美食に旨い酒、だがいつも私は深い孤独の中にいた。
 私が怖いのは死ではなく、孤独だった。
 ゆえに私は死を怖れはしない。死はこの孤独からの解放だからだ。

 「いかがですかな? 一緒にお食事でも?
 血の滴るようなレア・ステーキとシャトー・マルゴーなどは?」
 「私は食が細いので、今日は握飯を持参していますからどうぞお気遣いなく」
 「そうでしたか? 歳を取っても肉を食べないと力が出ませんからな? では失礼」

 畦倉はそう言って去って行った。

 私は思った。彼は200ポイント未満のモルモットなのかもしれないと。
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