★【完結】Silver Rain(作品230608)

菊池昭仁

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第8話 独りぼっち仲間

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 「ここカルチェラタンは学生街だ。カルチェは地区、ラタンはラテン語のという意味がある。
 つまりここはラテン語地区というのがその由来だ。
 パリ大学や師範学校などがある。
 昔は学生運動も盛んで、1960年代に起きた5月革命の舞台でもあった」
 「ここも綺麗な街ね?」
 「布施明という歌手が『カルチェラタンの雪』という気障な歌を唄っていた。
 俺は好きだけどな? 布施明。
   
    カルチェラタンの鐘が鳴る 
    口づけは歩きながら

 ってな?
 アリスが生まれるずっと前の歌だ」

 リュクサンブールの街路樹の葉は枯れ落ち、佐伯祐三の絵画のように哀愁に満ちていた。

 「大分冷えてきたな、そこのカフェで暖まるか?」
 「賛成!」


 私はスライスレモンの浮かんだホットワイン、アリスはホットチョコレートを飲んでいた。
 スライスレモンが邪魔をして、私は熱いワインで火傷をしなくて済んでいた。
 

 「どうだアリス、パリはお気に召したかな?」
 「五郎ちゃんに色んなところを案内してもらって、益々パリが好きになっちゃった。
 もう日本に帰りたくないかも」

 アリスはそう微笑んだ。

 「これからクリスマスにかけてのパリもいいが、花で溢れる春から夏のパリもいいもんだ」

 すると急にアリスは真顔になった。

 「このまま五郎ちゃんとずっとパリで暮らしたい。
 ダメだよね? そんなの迷惑だよね?」
 「アリス、俺みたいな爺さんと暮らすんじゃなくて、もっとハンサムな男を探せ。おまえは美人だし優しい娘だからな?」
 「私はイケメンよりも五郎ちゃんがいい。五郎ちゃんが大好きだから」
 「ありがとう、アリス。
 そうだよな? 俺もアリスも誰もいないんだもんな? 肉親が」
 「そうだよ五郎ちゃん、私たち「独りぼっち仲間」だよ」

 アリスの言う通り、私たちは身寄りのない孤児のようなものだった。
 アリスが私のところに来て、既に1週間が過ぎようとしていた。

 「アリス、お前の夢は何だ?」
 「私の夢? 何だったかなあ、色々ありすぎて忘れちゃった。
 特別ないなあ? でも今は五郎ちゃんとこのままパリで生活するのが夢かな?」
 「まあいい、夢なんかいつでも見ることが出来るからな?
 だがもしもこれからアリスのやりたいことが見つかったら、それを紙に書いて部屋に貼りなさい。
 そしてそれがなるべく視覚化出来るように、具体的な写真やイラストがあるとより効果的だ。
 そしてそれも一緒に貼るんだ。
 それが出来たらいつもそれが完成したとイメージする。
 成りたいじゃなく、「成った!」と過去形にして想像するんだ。
 そうしたらそのためにやるべきことを紙に書き出していく、期限を決めてだ。
 いつまでに何をどうするかを。
 それが完成したらすぐにそのための行動に取り掛かるんだ。
 明日やろうなんて考えては駄目だぞ、今すぐやるんだ。
 そうすれば夢は現実の物となる。
 いいかアリス? 夢は見るものではなく、叶えるものなんだ。
 俺はそうしてここまでやって来た。
 成功したかどうかは別として、そうして俺は好きなことをして生きて来た。
 満員電車に揺られて会社に通勤し、イヤな奴にも頭を下げることもなくな。
 人間に大切なことは「足るを知る」ということだ。
 もっともっとではなく、今一歩下がって自分の環境に感謝をする。
 それが人間のあるべき姿だ」
 「夢は叶えるためにあるのね? じゃあ今の私の夢は夢を見つけることかな?」

 私とアリスは笑った。
 アリスは凍えた両手を温かいカップで温めながら言った。

 「五郎ちゃんは寂しくないの? ひとりで?
 家族に会いたいとは思わないの?」
 「もう慣れたよ、独りは気楽だしな?
 それに俺の家族は少なくとも俺には会いたくはないはずだ」
 「そうかなあ? 娘さんとかは絶対お父さんに会いたいはずだと思うけどなあ」
 「アリスとは違うよ、娘の優香は俺を憎んでいるんだ。
 でも俺は楽しいよ、アリスといると」

 私は自分の迂闊な発言を後悔した。
 それはアリスを苦しめることになるからだ。
 私のカラダはかなり衰弱していた。
 アリスとの別れは死別だけは避けなければならない。

 そろそろ私は終活の準備に着手しなければならないと思った。
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