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第9話 ポートレイト
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エッフェル塔はトロカデロの人権広場から見るのが美術的だ。
私はエッフェル塔を背景にして、アリスのスマホで彼女のポートレートを撮ってやっていた。
「もう少し顎を引いて、そう、そんな感じだ。
じゃあ撮るぞ、はい、マルチーズ」
アリスは吹き出してしまった。
「五郎ちゃん、何、マルチーズって。
笑っちゃったじゃないの、もう一度ちゃんと撮ってよね」
私はアリスに撮影した写真を見せた。
「何よこれ、こんな大口開けて笑ってる」
「よく撮れているだろう? カメラマンの腕がいいからな?」
「いいから、もう一度撮ってよね、美人にだよ」
「大丈夫だ、アリスはいつも美人だから」
アリスは考えていた。
パパとママが死んでしまってから、こんな大きな口を開けて心から笑ったことはなかったと。
アリスはパリに来て五郎と出会って、本当に救われていた。
私はアリスを撮影しながら思い出していたのだ。
こうしてよく優香が子供の頃はたくさん写真を撮ったものだと。
生まれた時、はじめて立った時、七五三、幼稚園の入園式、お遊戯会に運動会・・・。
そして私が人生に躓き始めると、家族の写真は徐々に減っていった。
写真の多い家族はしあわせだ。
苦しみや悲しみの中にいると、写真は極端に減っていくものだ。
「それじゃあアリス、もう一度。はい、チーズ」
アリスは私からスマホを受け取ると、満足そうにそれを確認していた。
「うん、今度はよく撮れてる。それにエッフェル塔も綺麗に映ってるしね?」
するとその瞬間、アリスが私にスマホのカメラを向けた。
小気味の良いシャッター音、私はアリスに写真を撮られてしまった。
「はい、いただきー!
一ノ瀬五郎大先生のお写真、待ち受けにしちゃおうっと」
「馬鹿なことは止せ、そんな写真を持っていたら不幸になるぞ」
アリスは笑っていたが、私は真顔だった。
「大丈夫だよ、五郎ちゃんのこと大好きだから。
永久保存にするんだから」
私はポツリと呟くように言った。
「それを俺の遺影にするかな?」
するとアリスは涙ぐんでしまった。
「止めてよ縁起でもない。もう嫌だよ五郎ちゃんまで死んじゃ・・・」
写真が残れば思い出も残る。
私はなるべくアリスの記憶の中に、自分が思い出として留まるべきではないと考えていた。
私には自分の写真が少ない。
それは子供の頃からそうだった。
だがそのおかげで私の嫌な思い出は、いつの間にか消えていた。
「私のパパとママはね、自殺したの、心中。
パパが旅館経営に失敗して、毎日毎日、パパにお金を貸したという人たちが押し寄せて来たわ。
旅館経営が順調な時はみんな笑顔だった。「さすがは社長!」なんて煽てられてた。
でも、経営が怪しくなってくると、やさしかったおじさんたちは鬼のような顔になってパパを突き飛ばしたりした。
ママとパパは毎日土下座して謝っていたの。
毎日のように・・・。
ある日、学校から戻ると、私の机の上に通帳と印鑑が置いてあった。
そして遺書も・・・。
大切な娘 アリスへ
パパとママを許してね。
パパは寂しがり屋だからママが傍にいないと
ダメな人なの、だからそうすることにしました。
このお金はずっとアリスのために貯めていた
お金です。
このお金にだけは手を付けませんでした。
アリスは私たちの自慢です。希望です。
いつも見守っています。
しあわせになって下さい。
ダメなパパとママより
ママとパパは私を置いて逝っちゃった。
私も一緒に死ねば良かったと思ったわ。
だから五郎ちゃんは死なないで、これ以上大切な人を失うのはもうイヤ!
嫌だよ、また独りぼっちになるのは・・・」
アリスは私にしがみ付いて泣いた。
私はアリスを娘の優香を抱くようにやさしく抱いた。
「アリス、辛かったな? でもな、親は子供の幸せを願うものだ。
パパもママも辛かったかもしれない、でもなアリス、色々あるのが人生だ。
ここにいるすべての人間はいつかは死ぬ、絶対にだ。
大統領もノートルダムのあの司祭も、そしてあそこで物乞いをしているルンペンも、老人も子供もみんないつかは死を迎える。
人は病気や事故で死ぬんじゃない、神様がお決めになった寿命で死ぬんだ。
扇風機が回っているように人間は生きている。
だがある日、その扇風機のプラグがコンセントから抜かれ、扇風機は停止する。
死は突然やってくるものだ、そしてすべてを中断してしまう。
俺は思うんだ、人間のしあわせな生き方とは、いつ自分に死が訪れてもいいような生き方をすることじゃないかと。
アリスのお父さんもお母さんもすばらしいご両親だったと思う。
どんなに苦しくて、どんなに大変でも、アリスの将来のために貯めたお金だけは守ったんだから。
俺にはそれがどんなに大変なことだったのかがよく分かる。
俺も君の両親と同じことを経験しているからな?
だからアリス、君は幸せにならなければいけない、誰よりもだ。
それがアリスのご両親の、そして俺の願いでもある。
だから泣くなアリス、笑顔で生きろ」
アリスは黙って頷いた。
「ねえ五郎ちゃん、いっしょに写真、撮ろうよ」
私とアリスは一生懸命に笑おうとしたが、それはぎこちない写真になった。
トロカデロのやさしいライム色の風が、私とアリスを包んだ。
私はアリスの幸福を祈った。
私はエッフェル塔を背景にして、アリスのスマホで彼女のポートレートを撮ってやっていた。
「もう少し顎を引いて、そう、そんな感じだ。
じゃあ撮るぞ、はい、マルチーズ」
アリスは吹き出してしまった。
「五郎ちゃん、何、マルチーズって。
笑っちゃったじゃないの、もう一度ちゃんと撮ってよね」
私はアリスに撮影した写真を見せた。
「何よこれ、こんな大口開けて笑ってる」
「よく撮れているだろう? カメラマンの腕がいいからな?」
「いいから、もう一度撮ってよね、美人にだよ」
「大丈夫だ、アリスはいつも美人だから」
アリスは考えていた。
パパとママが死んでしまってから、こんな大きな口を開けて心から笑ったことはなかったと。
アリスはパリに来て五郎と出会って、本当に救われていた。
私はアリスを撮影しながら思い出していたのだ。
こうしてよく優香が子供の頃はたくさん写真を撮ったものだと。
生まれた時、はじめて立った時、七五三、幼稚園の入園式、お遊戯会に運動会・・・。
そして私が人生に躓き始めると、家族の写真は徐々に減っていった。
写真の多い家族はしあわせだ。
苦しみや悲しみの中にいると、写真は極端に減っていくものだ。
「それじゃあアリス、もう一度。はい、チーズ」
アリスは私からスマホを受け取ると、満足そうにそれを確認していた。
「うん、今度はよく撮れてる。それにエッフェル塔も綺麗に映ってるしね?」
するとその瞬間、アリスが私にスマホのカメラを向けた。
小気味の良いシャッター音、私はアリスに写真を撮られてしまった。
「はい、いただきー!
一ノ瀬五郎大先生のお写真、待ち受けにしちゃおうっと」
「馬鹿なことは止せ、そんな写真を持っていたら不幸になるぞ」
アリスは笑っていたが、私は真顔だった。
「大丈夫だよ、五郎ちゃんのこと大好きだから。
永久保存にするんだから」
私はポツリと呟くように言った。
「それを俺の遺影にするかな?」
するとアリスは涙ぐんでしまった。
「止めてよ縁起でもない。もう嫌だよ五郎ちゃんまで死んじゃ・・・」
写真が残れば思い出も残る。
私はなるべくアリスの記憶の中に、自分が思い出として留まるべきではないと考えていた。
私には自分の写真が少ない。
それは子供の頃からそうだった。
だがそのおかげで私の嫌な思い出は、いつの間にか消えていた。
「私のパパとママはね、自殺したの、心中。
パパが旅館経営に失敗して、毎日毎日、パパにお金を貸したという人たちが押し寄せて来たわ。
旅館経営が順調な時はみんな笑顔だった。「さすがは社長!」なんて煽てられてた。
でも、経営が怪しくなってくると、やさしかったおじさんたちは鬼のような顔になってパパを突き飛ばしたりした。
ママとパパは毎日土下座して謝っていたの。
毎日のように・・・。
ある日、学校から戻ると、私の机の上に通帳と印鑑が置いてあった。
そして遺書も・・・。
大切な娘 アリスへ
パパとママを許してね。
パパは寂しがり屋だからママが傍にいないと
ダメな人なの、だからそうすることにしました。
このお金はずっとアリスのために貯めていた
お金です。
このお金にだけは手を付けませんでした。
アリスは私たちの自慢です。希望です。
いつも見守っています。
しあわせになって下さい。
ダメなパパとママより
ママとパパは私を置いて逝っちゃった。
私も一緒に死ねば良かったと思ったわ。
だから五郎ちゃんは死なないで、これ以上大切な人を失うのはもうイヤ!
嫌だよ、また独りぼっちになるのは・・・」
アリスは私にしがみ付いて泣いた。
私はアリスを娘の優香を抱くようにやさしく抱いた。
「アリス、辛かったな? でもな、親は子供の幸せを願うものだ。
パパもママも辛かったかもしれない、でもなアリス、色々あるのが人生だ。
ここにいるすべての人間はいつかは死ぬ、絶対にだ。
大統領もノートルダムのあの司祭も、そしてあそこで物乞いをしているルンペンも、老人も子供もみんないつかは死を迎える。
人は病気や事故で死ぬんじゃない、神様がお決めになった寿命で死ぬんだ。
扇風機が回っているように人間は生きている。
だがある日、その扇風機のプラグがコンセントから抜かれ、扇風機は停止する。
死は突然やってくるものだ、そしてすべてを中断してしまう。
俺は思うんだ、人間のしあわせな生き方とは、いつ自分に死が訪れてもいいような生き方をすることじゃないかと。
アリスのお父さんもお母さんもすばらしいご両親だったと思う。
どんなに苦しくて、どんなに大変でも、アリスの将来のために貯めたお金だけは守ったんだから。
俺にはそれがどんなに大変なことだったのかがよく分かる。
俺も君の両親と同じことを経験しているからな?
だからアリス、君は幸せにならなければいけない、誰よりもだ。
それがアリスのご両親の、そして俺の願いでもある。
だから泣くなアリス、笑顔で生きろ」
アリスは黙って頷いた。
「ねえ五郎ちゃん、いっしょに写真、撮ろうよ」
私とアリスは一生懸命に笑おうとしたが、それはぎこちない写真になった。
トロカデロのやさしいライム色の風が、私とアリスを包んだ。
私はアリスの幸福を祈った。
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