★【完結】ガールフレンド(作品231127)

菊池昭仁

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第7話

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 「明日はサボーナに行くからな? おやすみ悦子」
 「今日も凄く楽しかったです。おやすみなさい、陽一さん」

 そう言って悦子は私に「おやすみのキス」をすると、自分の部屋に入って行った。
 
 私も自室に入り、ソファに体を投げ出し、天井を眺めていた。

 今日も楽しい一日だった。
 美しいポルトフィーノの街を歩き、悦子との食事。
 ベッドを共にしないことを除けば、まさに新婚旅行の気分だった。

 私はこの心地よい余韻に更に深く浸りたいと思い、ホテルのバーラウンジに降りて行った。


 「バランタインの12年をロックで」
 「かしこまりました」

 私はタバコに火を点け、ようやく落ち着いた。

 やはり女として意識してしまった悦子といると、彼女を気遣う自分がいる。
 こうしてひとりでいる時間も悪くはない。
 私はネクタイを緩め、女房の裕子のことを考えていた。

 裕子は大学のスキーサークルの後輩だった。
 私のような自由気ままな男と結婚し、子供たちを育てるのは大変なことだったはずだ。
 会社が大きくなるにつれ、私のストレスも更に強くなっていった。
 私のストレス解消は酒と女だった。
 
 今も高田馬場のクラブホステス、千秋と1カ月に1度のペースで逢瀬は続いていた。
 千秋とはカラダの付き合いだけだった。
 千秋もそれ以上の関係を望むような女ではなかった。
 私たちはお互いに都合のいい関係だった。

 女房の裕子に対しての罪悪感はなかった。
 すでに私たち夫婦に恋愛感情はなく、ただダラダラと家族関係が続いているだけだったからだ。
 だから私の解釈として、それは浮気ではない。
 そして裕子とは10年以上もセックスレスだった。
 
 だが今回の旅行で悦子がただの仕事上のパートナーではないことを自覚してしまった今、私の心情は複雑だった。
 それは日本では見ることの出来なかった悦子の別な姿を知り、人妻でもなくなりそうな状況にあるからなのかもしれない。
 私は今日、レストランのテラスで海面の照り返しを受けて輝く、悦子を想い出していた。


 背後から悦子の声がした。

 「ズルいですよ陽一さん、自分だけお酒を飲むなんて」

 悦子が私の隣に座った。

 「今日はたくさん歩いたから、疲れていると思って誘わなかった。
 そして美女と一緒だと、緊張するからな?」
 「私も同じですよ。陽一さんといると凄く緊張します。
 私にはマルガリータを」
 「はい、奥様」

 バーテンダーは悦子の左手の薬指にある、結婚指輪を見逃さなかった。
 悦子が来たので、私はタバコの火を消した。

 「陽一さんのそういうさりげない気遣い、好きです」
 「別に悦子に気を遣ったわけじゃねえよ」
 「私も一本、貰ていいですか?」
 「タバコ、吸うのか?」
 「たまにですけどね? タバコを吸う女はキライですか?
 仕事でイラついている時とか、寂しい時、そして今みたいな時には吸いたくなります」
 「今みたいな時?」

 私は悦子にタバコを差し出し、ライターで火を点けてやった。
 悦子は物憂げに、軽くタバコの煙を吐いた。

 「あー、美味しいー。
 最近はよく吸うんですよ、私もタバコを」

 いい女がタバコを吸っている仕草は絵になるものだ。
 それは美人がオープンカーを自分で運転しているようなものに似ている。
 そのギャップがいいのだ。

 私は再びタバコに火を点けた。

 「今みたいな時とは、こんな時のことです」

 悦子は私の手に自分の手を重ねた。

 「マルガリータって、女の人の名前なんですよね?」
 「ああ、英語ではマーガレット。花の名前にもなっているよな? 確かこのカクテルを考えた、ジョン・デュレッサーの恋人の名だったはずだ」
 「じゃあ、このカクテルの意味もご存知?」
 「無言の愛」

 悦子がタバコを吸うと、火垂るのように煙草が赤く光っていた。
 悦子がマルガリータを口にした。

 「マルガリータがジョンと一緒に狩りに出掛けた時、彼のライフルの流れ弾が彼女に当たって死んでしまう。
 哀しいお話です」
 「自分が殺したようなものだからな? 
 愛すれど哀しくか・・・」
 「私も同じです。
 陽一さんの撃った流れ弾に当たって死にそうなんです」
 
 悦子は私に体を寄せた。
 私は心の中で呟いた。

 (それは俺も同じ気持ちだ)

 悦子の吸うタバコとトリートメントの甘い香りがした。

 俺の知らない悦子のもうひとつの扉が開きそうだった。

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