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第11話
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瑠璃子は子育てがこんなにも大変だとは思わなかった。
レインを散歩に連れて行くのとはわけが違う。
出掛ける時はオムツにミルクはもちろん、おしり拭きにお着替え、オモチャも詰め込み、ベビーカーでぐずる時の為に、抱っこグッズも準備した。
熱を出せば心配になり、近くのクリニックにすぐに連れて行った。
「大丈夫ですよお母さん。ただの知恵熱ですね?」
眼鏡を掛けた中年の女医は微笑んでそう言った。
子供は日中には元気に遊んでいても、夜になるとぐったりして熱を出すこともある。
そんな時、すぐに瑠璃子は母に電話をした。
「運が熱を出したんだけど」
「何度なの?」
「38度5分」
「子供の体温は少し高いものよ。離乳食は食べるの?」
「うん」
「食欲があるなら少し様子を見てみなさい。
食欲も無ければ心配だけど、食べてるならね?
ウンチはどう?」
「大丈夫みたい」
「あんまり神経質にならない方がいいわよ。それって子供にも伝わるから」
「うん、わかった。少し様子を見てみる」
夫の健介は育児にとても協力的だった。
育児休暇を取るような人ではなかったが、食事の世話から沐浴、オムツ交換も嫌な顔ひとつせずにしてくれた。
運はすくすくと成長し、3才になろうとしていた。
幼稚園を選ぶ時も夫は慎重だった。
「君はどこがいいと思う?」
「大学の付属幼稚園とかはどうかしら?」
「僕も同じことを考えていたんだ。
今の学校のいじめは酷いからね?」
「一度入ればエスカレーター式で受験もないしね?
でも地元の国立大学の場合は中学までだけど、進学校へも多く合格しているみたいだし」
「じゃあ、付属は国立大と私立大の両方受験させることにしよう。
滑り止めにはこの幼稚園がいいと思うんだけど?
それなりの家庭の子供たちが集まるようだから、いじめも少ないだろうし」
「ありがとうあなた。そんなに運の将来のことまで真剣に考えてくれて」
「あたり前だよ、運は俺たちの子供なんだから」
うれしかった。そんな夫のやさしさに、瑠璃子は胸が熱くなった。
幼稚園の願書を貰うために、夫は朝の4時から並んでくれた。
「何とか貰うことが出来たよ」
「ご苦労さまでした」
夫の健介は運を抱き上げると、
「運、合格するといいな?」
「うん、ボク、幼稚園に行く」
夫は運を強く抱きしめた。
運を幼稚園受験のために受験予備校に通わせ、瑠璃子も健介も必死に教えた。
その甲斐もあり、国立の付属幼稚園の1次試験には合格することが出来た。
「いよいよ2次試験だね?」
「まかせて、私、ジャンケンは強いから」
「頼んだよ、お母さん」
国立大学の付属受験の場合、変な圧力や忖度、裏口入園がないようにと、最後は公平にジャンケンで決めることになっていた。
このジャンケンに負けて不合格になった子供の親は、一週間は寝込むという。
受験会場には異様な空気が流れていた。
高まる緊張感、このジャンケンに子供の人生が掛かっているのだ。
もちろんジャンケンをいきなりするわけではなく、まずはジャンケンをするくじ引きをするためのジャンケンが開始される。
いわゆる本番への練習、リハーサルである。
いきなりの合否判定は酷だからだ。
流石は国立大学の教育学部、付属幼稚園の試験である。
心理学的な要素もかなり盛り込まれていた。
そして、遂に決勝ジャンケンの瑠璃子の順番がやって来た。
相手の母親はかなり本気だった。無理もない。
緊張でガクガクと震えてさえいた。
子供の人生を左右しかねないジャンケンだ。王様ゲームのそれとはレベルが違う。
瑠璃子はこの時、無心だったらしい。
「ジャン、ケン・・・」
パーで瑠璃子が勝った。
緊張している場合、相手はグーを出しがちになる。
その場に泣き崩れた母親は、職員に肩を抱かれ、椅子に戻って行った。
瑠璃子はその光景から目を背けた。
入園の手続きを終えると、瑠璃子はすぐに夫の健介に電話をした。
「あなた! 合格よ合格! 私、やったわ!」
「そうか! やったか! 良かったな! 本当に良かった! うううっつ・・・」
いつも冷静な夫が、電話の向こうで大喜びで泣いていた。
しかも県庁の自分のデスクで。
職場の同僚のみなさんからの祝福の拍手が聞こえていた。
私たちはまた、運によって夫婦の絆をより強固なものにしていった。
レインを散歩に連れて行くのとはわけが違う。
出掛ける時はオムツにミルクはもちろん、おしり拭きにお着替え、オモチャも詰め込み、ベビーカーでぐずる時の為に、抱っこグッズも準備した。
熱を出せば心配になり、近くのクリニックにすぐに連れて行った。
「大丈夫ですよお母さん。ただの知恵熱ですね?」
眼鏡を掛けた中年の女医は微笑んでそう言った。
子供は日中には元気に遊んでいても、夜になるとぐったりして熱を出すこともある。
そんな時、すぐに瑠璃子は母に電話をした。
「運が熱を出したんだけど」
「何度なの?」
「38度5分」
「子供の体温は少し高いものよ。離乳食は食べるの?」
「うん」
「食欲があるなら少し様子を見てみなさい。
食欲も無ければ心配だけど、食べてるならね?
ウンチはどう?」
「大丈夫みたい」
「あんまり神経質にならない方がいいわよ。それって子供にも伝わるから」
「うん、わかった。少し様子を見てみる」
夫の健介は育児にとても協力的だった。
育児休暇を取るような人ではなかったが、食事の世話から沐浴、オムツ交換も嫌な顔ひとつせずにしてくれた。
運はすくすくと成長し、3才になろうとしていた。
幼稚園を選ぶ時も夫は慎重だった。
「君はどこがいいと思う?」
「大学の付属幼稚園とかはどうかしら?」
「僕も同じことを考えていたんだ。
今の学校のいじめは酷いからね?」
「一度入ればエスカレーター式で受験もないしね?
でも地元の国立大学の場合は中学までだけど、進学校へも多く合格しているみたいだし」
「じゃあ、付属は国立大と私立大の両方受験させることにしよう。
滑り止めにはこの幼稚園がいいと思うんだけど?
それなりの家庭の子供たちが集まるようだから、いじめも少ないだろうし」
「ありがとうあなた。そんなに運の将来のことまで真剣に考えてくれて」
「あたり前だよ、運は俺たちの子供なんだから」
うれしかった。そんな夫のやさしさに、瑠璃子は胸が熱くなった。
幼稚園の願書を貰うために、夫は朝の4時から並んでくれた。
「何とか貰うことが出来たよ」
「ご苦労さまでした」
夫の健介は運を抱き上げると、
「運、合格するといいな?」
「うん、ボク、幼稚園に行く」
夫は運を強く抱きしめた。
運を幼稚園受験のために受験予備校に通わせ、瑠璃子も健介も必死に教えた。
その甲斐もあり、国立の付属幼稚園の1次試験には合格することが出来た。
「いよいよ2次試験だね?」
「まかせて、私、ジャンケンは強いから」
「頼んだよ、お母さん」
国立大学の付属受験の場合、変な圧力や忖度、裏口入園がないようにと、最後は公平にジャンケンで決めることになっていた。
このジャンケンに負けて不合格になった子供の親は、一週間は寝込むという。
受験会場には異様な空気が流れていた。
高まる緊張感、このジャンケンに子供の人生が掛かっているのだ。
もちろんジャンケンをいきなりするわけではなく、まずはジャンケンをするくじ引きをするためのジャンケンが開始される。
いわゆる本番への練習、リハーサルである。
いきなりの合否判定は酷だからだ。
流石は国立大学の教育学部、付属幼稚園の試験である。
心理学的な要素もかなり盛り込まれていた。
そして、遂に決勝ジャンケンの瑠璃子の順番がやって来た。
相手の母親はかなり本気だった。無理もない。
緊張でガクガクと震えてさえいた。
子供の人生を左右しかねないジャンケンだ。王様ゲームのそれとはレベルが違う。
瑠璃子はこの時、無心だったらしい。
「ジャン、ケン・・・」
パーで瑠璃子が勝った。
緊張している場合、相手はグーを出しがちになる。
その場に泣き崩れた母親は、職員に肩を抱かれ、椅子に戻って行った。
瑠璃子はその光景から目を背けた。
入園の手続きを終えると、瑠璃子はすぐに夫の健介に電話をした。
「あなた! 合格よ合格! 私、やったわ!」
「そうか! やったか! 良かったな! 本当に良かった! うううっつ・・・」
いつも冷静な夫が、電話の向こうで大喜びで泣いていた。
しかも県庁の自分のデスクで。
職場の同僚のみなさんからの祝福の拍手が聞こえていた。
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