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最終回
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夜の成田空港はシーズンオフということもあり、ビジネスマンや家族連れが多かった。
運はそのまま東京藝大に進み、ジュリアード音楽院に留学することになった。
搭乗までの間、私たち家族は空港の鮨屋で鮨を摘まんでいた。
「たくさん食べろよ、日本の旨い鮨を。
ニューヨークにも旨い寿司はあるかもしれないが、日本の食材で日本人が握る鮨は格別だからな?」
「やはりお寿司は日本人に握って欲しいもんね? 黒人じゃなく」
「母さん、それは人種差別的発言だよ」
「あらごめんなさい。でもお寿司は日本の食文化でしょう?
インドカレーはインド人に、フレンチはフランス人に作って欲しいという意味よ」
「日本人がイタリアンやフレンチを作るのは間違っているということなの?
おそらく彼らからすれば違和感はあると思うけど、親父はどうなのさ?」
「俺も母さんと同じ、鮨を握るのは日本人がいいな? この板さんみたいに」
運は生ビールを旨そうに飲んだ。
あの小さかった息子が今では私たちと酒を飲み、鮨を摘んで人種差別について話をしている。
「次はタコとイカとかんぴょう巻きを下さい」
「せっかくなんだから、もっと高い物を注文してもいいんだぞ」
「そうはいかないよ、これからもっとボクにお金がかかるんだから。ありがとう親父、母さん。ジュリアードで音楽の勉強をさせてくれて」
「何を言うの、ここまで来れたのは運の努力と才能でしょう? お母さんたちも来年、ニューヨークに行くからよろしくね?」
「財団の盆休みにそっちに母さんと行ってみるよ」
「うん、待ってるよ。ニューヨークの街をたくさん案内してあげるからね?」
「ああ、楽しみにしているよ」
私たち家族は笑顔に包まれていた。
「向こうに着いたら電話してね?」
「いいの? 11時間も日本と時差があるんだよ? メールにするよ」
「いいから電話しなさい、心配だから」
「ジョンFケネディ空港は広いから迷子になるなよ」
「受験の時、一緒に行ったじゃないか?
僕、いつまでも子供じゃないよ」
「すまんすまん、それでも運はいつまでも俺とお母さんの子供だ。
たとえ100才になってもな?」
「僕も同じだよ。
いくつになっても親父とお母さんの子供だよ」
出国審査のために、エスカレーターを手を振りながら降りていく運を、私たちは見えなくなるまで見送った。
フライングデッキで運の乗ったボーイングが夜空に向かって飛び立って行った。
瑠璃子は泣いていた。
そして私も。
「とうとう行っちゃったわね?」
「そうだな? でもまたじきに会えるさ」
「そうね? また会えるものね? 運に。
ありがとう、あなた」
人生は険しい山道を行くようなものだ。
上がったり下がったりを繰り返し、山道を進んで行く。
ひたすら頂上を目指して。
頂上に辿りつけるかどうかは問題ではない。
重要なのは如何に頂上を目指したかだ。
人生は結果ではない、プロセスに価値がある。旅と同じように。
目的地に行く、その道すがらが楽しいのだ。
桔梗の華のように凛として、頼りなく揺れながら山道をゆくのが人生だ。
「愛しているよ、瑠璃子」
「何? 飛行機の音がうるさくて聞こえない!」
私は瑠璃子の肩を抱き、次々と夜空に飛び立って行く、火垂るのような飛行機のライトを見送った。
『月光の虹』完
【作者後書き】
私が「月光の虹」をみたのはハワイの沖でした。
すごく明るい月夜で、本が読めるほどでした。
そこにスコールがやって来て、銀色に光る虹が出来たのです。
それは七色の虹ではなく、シルバーのグラディエーションで出来た銀色の虹で、とても幻想的なものでした。
ハワイの知り合いはその虹が「海で死んだ船乗りたちの魂が集まって出来た物だ」と教えてくれました。
私はその月光が作り出す「MoonBow」 の美しさは、人間の脆いようで強い愛の象徴のように感じました。
出来ることならもう一度、見てみたいものです。月光の虹を。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
菊池昭仁
運はそのまま東京藝大に進み、ジュリアード音楽院に留学することになった。
搭乗までの間、私たち家族は空港の鮨屋で鮨を摘まんでいた。
「たくさん食べろよ、日本の旨い鮨を。
ニューヨークにも旨い寿司はあるかもしれないが、日本の食材で日本人が握る鮨は格別だからな?」
「やはりお寿司は日本人に握って欲しいもんね? 黒人じゃなく」
「母さん、それは人種差別的発言だよ」
「あらごめんなさい。でもお寿司は日本の食文化でしょう?
インドカレーはインド人に、フレンチはフランス人に作って欲しいという意味よ」
「日本人がイタリアンやフレンチを作るのは間違っているということなの?
おそらく彼らからすれば違和感はあると思うけど、親父はどうなのさ?」
「俺も母さんと同じ、鮨を握るのは日本人がいいな? この板さんみたいに」
運は生ビールを旨そうに飲んだ。
あの小さかった息子が今では私たちと酒を飲み、鮨を摘んで人種差別について話をしている。
「次はタコとイカとかんぴょう巻きを下さい」
「せっかくなんだから、もっと高い物を注文してもいいんだぞ」
「そうはいかないよ、これからもっとボクにお金がかかるんだから。ありがとう親父、母さん。ジュリアードで音楽の勉強をさせてくれて」
「何を言うの、ここまで来れたのは運の努力と才能でしょう? お母さんたちも来年、ニューヨークに行くからよろしくね?」
「財団の盆休みにそっちに母さんと行ってみるよ」
「うん、待ってるよ。ニューヨークの街をたくさん案内してあげるからね?」
「ああ、楽しみにしているよ」
私たち家族は笑顔に包まれていた。
「向こうに着いたら電話してね?」
「いいの? 11時間も日本と時差があるんだよ? メールにするよ」
「いいから電話しなさい、心配だから」
「ジョンFケネディ空港は広いから迷子になるなよ」
「受験の時、一緒に行ったじゃないか?
僕、いつまでも子供じゃないよ」
「すまんすまん、それでも運はいつまでも俺とお母さんの子供だ。
たとえ100才になってもな?」
「僕も同じだよ。
いくつになっても親父とお母さんの子供だよ」
出国審査のために、エスカレーターを手を振りながら降りていく運を、私たちは見えなくなるまで見送った。
フライングデッキで運の乗ったボーイングが夜空に向かって飛び立って行った。
瑠璃子は泣いていた。
そして私も。
「とうとう行っちゃったわね?」
「そうだな? でもまたじきに会えるさ」
「そうね? また会えるものね? 運に。
ありがとう、あなた」
人生は険しい山道を行くようなものだ。
上がったり下がったりを繰り返し、山道を進んで行く。
ひたすら頂上を目指して。
頂上に辿りつけるかどうかは問題ではない。
重要なのは如何に頂上を目指したかだ。
人生は結果ではない、プロセスに価値がある。旅と同じように。
目的地に行く、その道すがらが楽しいのだ。
桔梗の華のように凛として、頼りなく揺れながら山道をゆくのが人生だ。
「愛しているよ、瑠璃子」
「何? 飛行機の音がうるさくて聞こえない!」
私は瑠璃子の肩を抱き、次々と夜空に飛び立って行く、火垂るのような飛行機のライトを見送った。
『月光の虹』完
【作者後書き】
私が「月光の虹」をみたのはハワイの沖でした。
すごく明るい月夜で、本が読めるほどでした。
そこにスコールがやって来て、銀色に光る虹が出来たのです。
それは七色の虹ではなく、シルバーのグラディエーションで出来た銀色の虹で、とても幻想的なものでした。
ハワイの知り合いはその虹が「海で死んだ船乗りたちの魂が集まって出来た物だ」と教えてくれました。
私はその月光が作り出す「MoonBow」 の美しさは、人間の脆いようで強い愛の象徴のように感じました。
出来ることならもう一度、見てみたいものです。月光の虹を。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
菊池昭仁
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