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第18話

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 この日もまた、瑠璃子は直人のオモチャにされていた。

 「調子出ないんだよなあ。少しは感じて見せて下さいよ、昔みたいに」
 「こんなことして楽しい? 私はそんなあなたじゃ濡れもしないわ。
 いいから早く終わって、夕食の支度があるから」
 「夕食の支度ですか? 奥様ですもんね? 瑠璃子さんは?」
 「どうしてこんなことをするの?」
 「どうして? 復讐ですよ復讐。
 あなたは俺の愛を踏み躙った。
 僕の瑠璃子さんへの真剣な想いを。
 そのために僕は今の女房と愛のない結婚をした。
 僕の子供を身籠ったまま、あなたは僕の元から去って行った。
 その事実を僕に告げることもなく。
 僕はこの13年間、ずっとピエロにされていたんだ。
 笑っていたんだろう? 俺のことを?
 ほらもっと俺を楽しませろよ!
 股を開け! 俺をしゃぶれ!
 そして謝れ! 両手をついて俺に土下座しろ!
 「あの子はあなたの子供でした。ごめんなさい」とな!」
 
 すると瑠璃子はベッドから降り、両手をついて床に額をつけて言った。

 「ごめんなさい。私はあなたにウソを吐いていました」

 直人は瑠璃子の頭を足で踏みつけた。

 「誠意が伝わらないんだよ、心を込めて謝罪しろ!」
 「あなたを苦しめて、本当に御免なさい。
 どうか私を許して・・・」
 「イヤだね。一生お前は俺に尽くすんだ。
 そうしないとあの子に俺が本当の父親だと名乗り出るからな!
 そしてお前の母親はこんな卑猥なメス犬だと、この動画を一緒に鑑賞するよ。父と子で仲良くな? ははははは」

 瑠璃子は直人の足を払いのけると、バッグから予め準備して来たサバイバル・ナイフを取り出してそれを両手で構えた。
 酒に酔っていた直人の顔から嘲笑が消えた。
 男の値打ちは命の危険に晒された時に出るものだ。
 直人は所詮、小学生がそのまま大人になったような男だった。

 「演説はそこまで? どうしたの? さっきまでの暴君ネロちゃんはどこへ行ったのかしら?
 何も変わっていないわね? 直人は。
 あなたは何の魅力もないただのクズ。自分の不幸はすべて他人のせいにして。
 でもそこが良かったのにね? そんな小悪党なところが。
 今のあなたには生きてる価値もない。死んで、私と一緒に。
 私はもうどうなってもいいの、夫と息子を守るためならあなたを殺すことなんて平気。
 だってあなたも私も、この世には必要のない人間だから」
 「やめろ、やめてくれ! 俺はただ、しあわせそうに飯を食っていた、お前たち親子が憎かったんだ!」
 「人のしあわせが憎い? あんたは本当にどうしようもないゲス男ね?
 かわいそうに、人のしあわせを喜べないなんて最低。
 さあ、一緒に地獄へ行きましょうよ、途中までは一緒について行ってあげるから。
 あんたは血の池地獄かしら? それとも剣山地獄?
 私はベロを抜かれるかもしれないわね? さんざん嘘を吐いたから。あはははは あははははは」
 
 瑠璃子はジワリジワリと直人との間合いを詰めて行った。
 直人のペニスは勃起したままだった。
 これから死を迎えようとしている男性のペニスは、その死の間際でさえも自分の遺伝子を残そうとすると聞いた事があるが、それはどうやら本当らしい。
 轢死した男性のペニスは勃起したままだという。

 「いい覚悟です。そこまでだとは思いませんでした。
 でも私は死にませんよ、殺されるわけにはいかない。
 もっとあなたたちを苦しめるまではね?」

 直人はそこにあった灰皿で私の手を打ち、私はナイフを床に落としてしまった。
 床に落ちたナイフを直人が拾い上げて言った。

 「今日のところはひとまず帰りましょうか? それじゃあまた。あはははは」

 直人は服を着ると、フロントに連絡をしてドアロックを開錠してもらい、そのまま瑠璃子を置き去りにして帰って行った。


 「なんであんなロクデナシと付き合っていたんだろう?」

 瑠璃子は泣いた。

 (すべてを夫の健介に話そう)

 それで別れることになっても仕方がないと瑠璃子は思った。


 

 瑠璃子はその夜、夫婦の寝室へと入って行った。
 夫の健介は本を読んでいた。


 「話があるんだけど、大事な話・・・」
 「どうした改まって?」

 夫は読みかけの本をそのまま伏せ、ベッドサイドに置いた。

 「運のことが男にバレたの」
 「それで?」
 「あなたにそれを言うっていうから勝手にしなさいって言ったわ。
 そうしたらそれを、今度は運にも言うっていうのよ、自分が本当の父親だって。
 DNA鑑定書もあるの。そして、そしてね、その秘密を言わない代わりに私のカラダを要求されたの。
 黙っていてごめんなさい。
 でもね、そうするしかなかったの。
 すべては私の責任です。だから私と離婚して下さい。
 私はまたあなたを裏切ってしまったから」

 すると夫は真っすぐに私の目を見て言った。

 「君はまだその男のことを愛しているのか?」
 「それはない! それだけは絶対にない!
 それだけは信じて! お願い!」
 「それじゃあ君は誰を愛しているんだい?」
 「もちろん健介さんと運よ!」

 夫は私をやさしい目で見詰めて言った。

 「だったら君は被害者だ。君は悪い夢を見ていたんだ」
 「でも私はあなたに嘘を・・・」
 
 その時、夫の健介は瑠璃子の体を強く抱き締めた。

 「そんなことはあの子を自分の子供として育てる決意をした時に覚悟していたよ。
 辛かっただろう? 瑠璃子」

 瑠璃子は声を殺して夫に抱かれて泣いた。

 「すべてを受け入れるよ。
 そしてその事実を俺は運にも伝えるつもりだ。
 それをあの子が聞いて、それでも本当の父親に会いたいと言ったら会わせてあげよう。
 だってそうだろう? 運にだって自分の本当の父親を知る権利はあるし、それを俺たちが拒むことは出来ない。
 そしてもし、運が本当の父親は私じゃないと言ったとしたら、それは私の運への愛情が足りなかったということだ。
 ただそれだけのことだよ」
 「そんなこと、絶対にさせない」
 「瑠璃子」




 しばらく直人からの連絡はなかった。
 そして1か月が過ぎた頃、私たち親子が庭でバーベキューをしていると、直人がそこへ現れた。
 瑠璃子が叫んだ。

 「警察を呼ぶわよ!」
 「酷いなあ、僕はこの子の父親だよ?
 それはあんまりじゃないか? 瑠璃子。
 僕も一緒にやりたいなあ、バーベキュー」

 瑠璃子が110番をしようとした時、健介がそれを制した。

 「一緒にどうぞ。瑠璃子、お客さんにビールを持って来てあげてくれないか?
 この人は大切なお客さんだからね?
 今、肉が焼けたところです。 どうぞゆっくりして行って下さい」
 
 夫の意外な態度に私と直人は狼狽うろたえた。
 
 
 肉を焼きながら、夫の健介は言った。

 「はじめまして、瑠璃子の夫の小林と言います。
 そして私が運の父親です。
 運、この人がお前の本当のお父さんだ、そうですよね? 小野木直人さん?
 運、本当のお父さんにご挨拶しなさい」

 運は直人を睨みつけてハッキリと言った。

 「僕の父はあなたではありません。僕の父はこの小林健介です。
 ここへは二度と来ないで下さい! 帰って下さい!
 僕の、僕のお父さんはあんたなんかじゃない!
 僕のお父さんは、このお父さんだけだ!」

 夫は運を強く抱き締めて直人に言った。

 「すみませんがそういうことですのでもうお引き取り下さい。
 せっかくの家族団欒なので」


 瑠璃子はそのままそこに泣き崩れ、直人は肩を落として静かに去って行った。


 そしてその日以来、直人は二度と瑠璃子たちの前に現れることはなかった。
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