★【完結】スナック『海猫』(作品240412)

菊池昭仁

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第8話

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 四人で歩きながら銀次が話しかけて来た。

 「俺は黒田銀次だ。お前、名前は?」
 「数馬。寺島数馬」
 「数馬。俺とお前は今日から兄弟だ」

 (同じ兄弟だもんな?)

 俺は苦笑いをした。
 
 「さっきはいきなり殴って悪かったな? 俺はすぐに熱くなっちまう。
 瞬間湯沸かし器なんだ」
 「せめて「お前、順子の男か? この野郎!」くらい言ってから殴れよ」
 「喧嘩は先手必勝だ。富山商船で習ったはずだぜ?」

 面白い男だと思った。
 銀次と俺は似ている気がした。



 「痛えなあ、ラーメンが滲みるぜ」
 「根性ねえなあ、数馬は」
 「誰のせいだよ?」
 「お前が俺の順子に手を出すからだ」
 「馬鹿じゃないの? 私は誰のものでもないわ。私のものよ」
 「それは俺が決めることだ」
 
 銀次はそう言って、自分のグラスにビールをいだ。
 その時俺は、銀次の左手の小指が欠損していることに気付いた。

 (この極道が順子の元夫なのか?)

 俺は銀次に抱かれている順子を想像した。
 熱いラーメンスープが切れた口に滲みる。
 スープを残して俺は席を立った。
 

 「クルマを取って来る」

 俺はテーブルに一万円札を置いた。
 
 「仕舞えよ兄弟、誘ったのは俺だ。ここは俺の奢りだ」
 「そうか? じゃあご馳走様」

 俺は一万円札をポケットに仕舞い、店を出た。

 

 クルマでの帰り道、長い沈黙の後、順子が俺に詫びた。

 「ごめんなさい、私のせいで酷い目に遭わせてしまって」
 「お前のせいじゃない。銀次は素直に俺に怒りをぶつけただけだ。
 もし順子が他の男といちゃついてたら、俺もソイツを殴っているよ。
 それにちゃんと「お返し」はさせてもらった」
 「あの人は街で覚醒剤の売人に絡まれて、その男を殴り殺してしまったの。過剰防衛で懲役7年の実刑を受けて、模範囚だったこともあり、5年で仮出所になった。結婚していたこと、黙っていてごめんなさい」
 「人には言いたくないこともある。それに今は離婚しているんだから別に気にしてはいない。昔の話だ」
 「どうして私に会いに来たのか訊かないの?」
 「訊いて欲しいのか? いきなり殴られたんだ、おおよその見当はつくよ。銀次はまだお前のことを愛しているはずだ」 
 「お別れに来たの。旅に出るんですって」

 (組長のために服役でもするつもりなのか?)

 「もちろんもう私を愛してはいないはずよ」
 「男は未練で出来ているようなもんだ」
 「別れてくれって言ったのはあの人の方だから」
 「でも、キライじゃないんだろう?」
 「・・・。でも今はもう無理」
 「どうして?」
 「数馬に会ったからに決まっているでしょ! 数馬のバカ!」

 順子は運転している俺の肩に泣き崩れた。

 「もう愛してなんかいないわ。女は立ち直るのが早いものよ。
 でも放ってはおけない。あの人は独りぼっちだから。本当は寂しい人なのよ」
 「寂しくない男なんていない。「寂しい」と口に出して言うか、黙っているかだけの違いだ」
 「数馬も寂しいの?」
 「今は寂しくはない。 お前がいるからな? でもな順子。お前が銀次を守ってやりたければ俺はお前を諦めてもいい」
 「そんなのイヤ!」
 
 俺はクルマを路肩に停めると、順子を強く抱きしめた。

 「俺はお前がずっと好きだ。だから何も心配するな。
 銀次ときっちり別れて来い。未練を残さないように」
 「私はあなたが好き! ずっとあなたと一緒にいたい!」

 順子はいつまでも泣いていた。




 「また何かするつもりなのね?」
 「・・・。順子のこと、よろしく頼む」
 「順子は今、数馬君に夢中よ」
 「数馬なら安心して順子を任せられる。アイツはいいヤツだ。キライじゃねえ」
 「いつ旅立つの?」
 「来週だ」
 「また店においでよ。飲ませてあげるから」
 「ありがとうよ。でも遠慮しておくよ、決心が鈍るといけねえから」
 「そう。元気でね? またいつか、店に寄りなさいよ。約束だからね?」
 「ああ。雪江ママも達者でな?」

 銀次と『海猫』のママ、雪江はそう言って別れた。

 (極道にしておくには勿体ない男なのに・・・)

 雪江ママは銀次の背中を黙って見送った。


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