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エピソード3

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 本船は既に赤道を越え、南半球を航行していた。
 俺は防水腕時計を確認した。時刻はLAT(現地視時間)に合わせてある。
 午前2時13分、ケンタウルス座があの位置にあるとすれば、あの星が南十字星ということになる。
 取り敢えず、俺はマラッカ海峡を目指して平泳ぎを始めた。

 
 流石は半魚人である、北島康介よりも速い。
 オリンピックなら絶対にぶっちぎりで優勝出来るはずだ。
 半魚人の俺でも日本国籍はある。日本選手としてオリンピックに出場することは可能だ。
 カタコトの日本語すら話せず、ずっと海外で暮らし、明らかに日本人ではない風貌でも、「日本人」として競技に参加させているではないか!
 俺は半魚人だが日本で生まれ、日本で育ち、チョメチョメする恋人の理沙も日本人だ。大阪人だけど日本人だ!
 故に俺は半魚人ではあるが、純日本人である。
 オリンピックに出場して金メダルが欲しい!
 

 マラッカ海峡は海上交通の要所である。年間10万隻もの船舶が往来し、海賊も多い危険海域だ。
 だが日本へ向かう船舶も多い。タンカーかコンテナ船に乗船させてもらい、日本まで連れて行ってもらおう。
 ペルシャ湾から原油を満載しているタンカーなら喫水が深いので、船にも海から上がり易い。
 俺は必死で平泳ぎを続けた。


 しばらく泳いでいると、白イルカが俺の隣で泳いでいた。

 「おいワレ、どこへ行くんじゃワレ?」
 「関西弁? お前、白イルカじゃないか、めずらしいな?」
 「ワシなあ、昔、大阪湾に住んでいたことがあってな? あやうく天保山の『海遊館』に捕まるところやったんや。あぶない、あぶない」
 「どうりで関西弁が板についているわけだ」
 「半魚人なんて、久しぶりに見たで。
 でもワレ、ホンマにツイとるがな。ワシはこれでも昔はトリトン様を乗せて、世界中の海を渡ったもんや。
 世界中のメス・イルカの話、聞きたいやろ? このスケベ半魚人。
 どや? 平泳ぎも疲れるやろ? ワシの背中に乗るとええがな、日本まで連れて行ってやるさかい」
 「いいのか? それじゃあ悪いんだけど、マラッカ海峡まで乗せて行ってくれないか?」
 「おやすい御用や。ええのんか? マラッカ海峡までで? ワシ、そこらへんの貨物船よりも泳ぐのは速いで。
 この前なんか、アメリカの空母、『カールビンソン』にも勝ったよってな? よう知らんけど」
 「そうなん? 凄いやないの! あれ、いつの間にか俺まで関西弁になっちゃったよ。あはははは」
 「あはははは ワシの名前はルカーや。
 これも何かの縁やな? 「擦れ合うも他生たじょうの縁」言うやないの?」
 「俺は浦島次郎、浦島太郎は俺のご先祖さんなんだ。でもそれを言うなら「ヒレ」じゃなくて「袖」だよ」
 「ええツッコみするやないの? 浦島次郎はん。アンタ人間やったん? なんでまた半魚人なんかになったんや?    
 どや? ワシと一緒に吉本興業に入って、お笑いにならへんか! お笑いは儲かるでえ!
 女とはヤリ放題、あの伝説のお笑い芸人、『ダウン・ダウン』の梅本タケシと、すぐに人をどつくチンピラ芸人、ハモちゃんみたいになろうやないの! 後輩芸人もテレビ局もひれ伏すようなお笑い芸人、目指そうやないの!」

 俺はうれしかった。
 なぜならルカーという友だちが出来たからだ。
 俺は孤独から開放された。

 「ほな行くでえ! しっかり掴まっといてやあ!」
 「たのんだよ、ルカー」
 「まかせときー!」

 ルカーはボーイング社のジェット・ホイールのように爆進を始めた。


 
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