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第6話 後悔の海

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 「おまちどうさまー、さあ乗って!」

 瑞希は真っ赤なポルシェのパワーウインドウを下げ、聡を助手席へと招いた。

 
 「初めてですよ、こんなすごいクルマに乗ったのは」
 「大袈裟ね? 普通のクルマよ、エンジンとハンドル、そしてタイヤの付いたク、ル、マ。
 ただちょっと速いだけ、普通のクルマよりはね」

 スピードメーターには300km/hと記されている。 
 国産車の場合、200kmになるとリミッターが作動してそれ以上は出せないと聞いたことがあるが、このクルマはどうなのだろう? 
 瑞希は滑らかな運転で市内を抜けると、高速道路のインターへと入って行った。

 ETCのゲートが開くと瑞希の表情は一変し、ポルシェは急加速してカラダがシートに押し付けられた。
 スピードメーターはすでに180キロを超えていた。

 「そんなに飛ばして大丈夫?」
 「平気よ、スピード違反で捕まることはないから。
 このクルマは父の緊急車両として登録されているのよ。だから警察は見逃すしかないの」

 瑞希はハンドルを握ったまま、そう言って横顔で笑った。

 「私のストレス解消はね、ドライブともうひとつ・・・」
 「もうひとつって?」
 「それは後でのお楽しみ」

 
 瑞希は更にアクセルを強く踏み込んだ。
 センターラインがポルシェに吸い込まれていくように、爽快にハイウェイを駆け抜けて行く。
 そしていくつかのトンネルを抜けると風が変わった。
 海が見えて来た。



 夕暮れの海は人も疎らだった。

 「ねえ、お散歩しない?」


 瑞希はスニーカーを脱ぎ、裸足で砂浜を駆けて行った。
 ジーンズにパーカーの瑞希は、夕日に照らされて聡を手招きした。

 瑞希はそのまま寄せては返す波と戯れていた。
 聡はその光景をただぼんやりと眺めていた。

 (今頃、遥はどうしているだろうか?)


 やがて瑞希はそれに飽きるとテトラポットの聡の隣に座った。

 「海は好き?」
 「うん、見ていて飽きないよ、一瞬一瞬で表情が変わっていくから。
 まるで生きているみたいだ」
 「私も大好き。嫌な事や悲しい事があるといつもこの海にやって来るのよ。
 ねえ、泳がない?」
 「泳がないってもう秋だよ、夏じゃあるまいし」

 聡はそれが瑞希の冗談だと思っていた。

 「常識的な男てつまんないなあ」

 すると瑞希は海に向かって猛ダッシュして、服を着たまま海にダイブした。
 聡は茫然とした。

 聡は慌てて瑞希の後を追い、ずぶ濡れになった瑞希の手を引こうとした。

 瑞希はそれを待っていたかのように、聡を海に引き摺り込んだ。

 瑞希は自分と同じように海水に濡れた聡を見て大声で笑った。
 そんな瑞希の顔は、沈みゆく夕日に美しく輝いていた。


 「服、濡れちゃったね? ねえ、服を乾かさないと風邪を引いちゃうわね?」


 瑞希はクルマをモーテルへ入れた。
 聡は早く服を乾かして、ここを出なければと考えていた。



 「なんだか少しカビ臭い部屋ね?」
 「ラブホなんてこんなもんだよ」

 聡は興奮することはなかった。本当に服を乾かすだけだと単純に思っていたからだ。
 それが瑞希の策略だとも知らずに。


 「じゃあお風呂に入って来るね、聡も一緒にどう?」
 「遠慮しておくよ、ゆっくり暖まっておいでよ」

 
 瑞希がバスルームへ向かうと、聡は濡れた服を脱ぎ、軽く水洗いをするとドライヤーを当てた。
 脱衣籠に瑞希の濡れたパステルピンクのショーツが見えた。


 エアコンの近くの椅子に自分の服を掛け、バスローブを着てテレビを点けた。
 丁度夕方の情報番組が流れ、女子アナがニュース原稿を読んでいた。


 瑞希がバスタオルを巻いてバスルームから出て来た。

 「聡もどうぞ」
 「ありがとう」

 と、聡がソファを立ち上がったその時、瑞希は聡にキスをしてきた。
 そして瑞希は何事もなかったように冷蔵庫から缶ビールを取り出してそれを飲んだ。

 「ああー、お風呂上りのビールは格別ね?」

 聡は風呂場へ行った。
 瑞希のキスで聡の股間は既に張りつめてしまっていた。
 聡は浴槽に浸かりそれを鎮めようと、遥の悲し気な表情を思い浮かべようとした。
 

 風呂から上がると、艶めかしい喘ぎ声が聞こえていた。
 瑞希がアダルトビデオを観ていたのだ。

 「この女優の感じ方、モロ演技よね? 
 聡もそう思うでしょ?」
 「そうかなあ? そんなもんじゃないの?」

 聡は敢えて冷静さを装った。

 「ぜったいにフェイクだって、本当はこんなもんじゃないわよ。
 ねえ、試してみる? 私とホントのセックスを。ふふふ」
 「・・・」
 「さっき言ったでしょ? もうひとつの私のストレス解消がセックスなの。
 さあ聡、私を抱いて滅茶苦茶にして。
 今日だけ、今日だけでいいの。そうしたらあなたを諦めてあげる。
 お願い、一度でいい、一度でいいから私を抱いて」

 聡の心は揺れた。
 聡も若く、漲る性欲のある男だ。
 ましてや瑞希は女優のように美しい。
 しかもこのお嬢さんは大山先生の娘、断れば何をされるかわからない。

 (だが遥はどうする? 俺を信じてくれている遥は? 
 一度だけ、一度だけじゃないか? 黙っていれば遥は傷つことはない)

 聡はそう自分に都合のいいように解釈した。
 瑞希はバスタオルを脱ぎ捨てるとベッドの中に入り、聡を誘った。

 「早くこっちに来て私を温めて」

 その夜、聡は瑞希を抱いてしまった。
 


 聡は行為を終えると現実に引き戻され、後悔の海を漂っていた。
 だが瑞希は心の中で笑っていた。

 (聡、私を誰だと思っているの?
 私はマムシと言われたあの大山光三の娘なのよ。
 欲しい物は必ず手に入れる、どんな手段を使ってもね?)

 聡は熱いシャワーを浴びた。
 瑞希の温もりと香りを早く消すために。
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