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第11話 午前零時 恋が始まる

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 「私とやりたい? いいわよ、抱かれてあげても」

 光一郎は何も答えなかった。

 「どうしたの? やるのやらないの?」

 私は苛立つように光一郎に詰め寄った。すると、

 「愛のないセックスなんてしたくないよ」

 光一郎は誰に言う訳でもなくそう呟いた。
 私は溜息を吐いてカクテルを口にした。


 「愛かあ? 懐かしい言葉ね。
 よく愛は永遠だとか、愛こそすべてなんて言うじゃない?
 そんなの全部嘘よ。
 愛なんて信じちゃダメ。
 私、気付いちゃったの。愛は空に浮かぶ雲みたいなものよ。
 常に形を変え、流され、そして儚く消えてゆく物。
 そんな物に拘る光一郎はバカよ、中学生じゃなあるまいし。
 愛のあるセックスじゃなきゃ駄目だなんて、笑わせないでよ」

 光一郎は静かに言った。

 「遥の言う通りだよ、愛は儚くて脆くて、気を抜くとすぐに消えてしまうものかもしれない。
 だから尊いんじゃないか?、崇高なんじゃないか?
 愛は生きている、だからこそ大切にふたりで育てるものじゃないのか?
 僕はロマンチストな理想主義者かもしれないが、セックスは恋愛の延長線上にあるべきだと思うんだ」
 「じゃあ教えてよ、どうしたら愛は成長し、生き続けるのか?
 私は一生懸命愛を育てようとしたわ、でもダメだった。
 女と浮気されて子供まで作って、私は惨めに捨てられて愛は消えたわ。
 せめてもの救いはその愛が憎しみに変わらなかったことだけ。
 今でも好きよ、聡のことが。
 そんな私をあなたは愛することが出来るの?
 あなたは愛は育てるものだって言ったわよね?
 私がその気にならなければ愛は育たない、愛は生まれやしないわ。
 だって愛って子供と同じでしょ?
 男と女がいないと愛は生まれないわ」

 私は泣けてきた。
 聡との愛を育てることが出来なかった自分に。

 「遥が僕を見てくれるまで、好きになってくれるまで待つよ。
 すべては好きから始まるだろう?
 それが恋になり、そして愛に進化して行く。
 恋はお互いに求め合う物だが愛は違う。
 愛は持ち寄るものなんだ。捧げあうものなんだ。
 愛はお互いを思い遣る心だと僕は思う。
 だからその時まで僕は遥を待つよ、恋が愛に変わるまで」
 「そんなの待ってたらセピア色の写真みたいになっちゃうわよ私たち」

 私は残ったカクテルを一息で飲み干し、席を立った。

 「さあ、やるわよ、SEX。
 試してみましょうよ、果たして恋が愛に変わる可能性があるかどうか?」

 光一郎も席を立った。



 ホテルの窓からはライトアップされた東京タワーが見えていた。
 私はそのままソファに座り、夜景を眺めていた。

 「間もなく午前零時。 
 東京タワーのイルミネーションって、本当に午前零時に消えるのかしら?」
 「そうらしいね? 僕も実際には見た事がないけど。
 友だちと騒いだ帰りには、いつも照明は消えているから」
 「ねえ、本当に消えるか確かめてみましょうよ、今、23時58分よ」

 私は携帯のアラームを午前零時にセットした。
 無言のまま東京タワーを見詰める私と光一郎。
 そしてアラームが鳴り、同時に東京タワーの明かりは消えた。
 航空灯の光だけが点滅を続けていた。

 私は光一郎にキスをした。
 蕩けるような甘い口づけに、光一郎は夢中で応じた。

 (本当はやりたかったくせに)

 「まさか光一郎・・・、童貞だったりして? うふっ」

 私は光一郎の耳元でそう囁いた。
 光一郎はぎこちない手つきで服の上から遥の胸に触れた。

 「焦らないで、私が教えてあげる」


 光一郎は童貞だと思う。
 この手のタイプは知識はあるが実戦経験は無いか、例えあったとしても乏しいはずだ。

 私は光一郎から体を離し、自ら服を脱ぎ捨て全裸になった。
 照明を落とした室内のガラス窓には私の裸体が揺れていた。


 「光一郎も脱いで」

 そして光一郎が服を脱ぐと、彼のペニスははち切れんばかりに膨張し、反り返っていた。
 私は股間の前に跪き、それに手を添え口に含んだ。
 リズミカルに顔を動かし、手を使ってそれをアシストした。


 「出そうだよ、遥」
 
 私は行為を続けたまま頷いた。そのまま出してもいいと。
 すでにその覚悟は出来ていた。
 そして更に光一郎を弄ぶかのように強く、その動きを加速した。


 「遥ごめん! 出る!」
 
 光一郎は小さく呻き声をあげると、私の口の中に射精をした。
 私は動きを止め、彼の精液が出し尽くされるのをじっと待った。
 そのまま飲んであげようかとも考えたが辞めた。

 私はそれを口から溢さないようにと足早にパウダールームに駆け込み、洗面台に光一郎のザーメンを吐き出し何度も口を濯いだ。
   
 鏡に映る自分に向かって私は問いかけた。

 「この恋が愛に変わると思う?」

 鏡の中にいる私は無言のままだった。
 
 ふたりの恋が始まった。
 午前零時の夜に。
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