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第10話 告白
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渋谷のブルーノートは熱狂していた。
凄まじいブラスのスウィングに絡みつく木管楽器の旋律。それを鼓舞するかのようなダイナミックなパーカッション。
私は本場のスウィング・ジャズに魅了され、生命エネルギーが漲るようだった。
ホテルのスカイレストランでの光一郎との食事の最中も、私の興奮は収まらなかった。
「凄かったわよねえー、日本人の感性ではあそこまでジャズに溶け込むことは出来ないわ。完全にステージと聴衆がひとつだった。
ありがとう光一郎、誘ってくれて」
「良かった、遥が喜んでくれて」
軽音楽サークルでは光一郎はコルネットを、私はボーカルを担当していた。
光一郎は聡の後輩で、聡のことは彼もよく知っていた。
「北村さんのこと、聞いたよ。
大変だったね?」
私は一旦食事を中断し、ワインに手を伸ばした。
遠くにはレインボーブリッジが見えていた。
「もしかして私、同情されている?」
「同情なんかしないよ。ただ今回のことで僕にもチャンスが訪れたとは思っているけどね?
僕はずっと前から遥のことが好きだったんだ、僕と付き合って欲しい」
光一郎の突然の告白に驚き、戸惑った。
私にとって光一郎は仲のいい男友だちという感覚で、聡と付き合っていたということもあり、彼には特段に異性としての認識が及ばなかったからだ。
「ダメかな? 僕じゃ?」
私はワインを飲み、食事を再開した。
「私ね、大学を卒業したら聡と結婚することになっていたの。
すごく好きだった、聡のことが。
でもその夢は消えたわ。
だから今は「恋愛喪中」なのよ、まだ誰も好きになれない。ごめんなさい」
光一郎は黙っていた。
「そりゃあ浮気する方が悪いわよ、でもね、浮気される方は馬鹿。
だって浮気されるくらい自分に魅力がなかったっていうことでしょう?
浮気をさせないようにするのが賢い女よ」
「そんなことはない! 遥は間違っていない! 絶対に先輩が悪いよ!」
意外だった。いつも冷静な光一郎がムキになっている。
「ありがとう、じゃあさっきの話は訂正するわ、私よりも彼の彼女の方が勝っていたということよ。
私は負けたの。
どちらにしても私は彼に捨てられた中古品。ボロボロのね?」
私は残りのワインを一気に飲み干した。
「そんな私でもいいの? バージンじゃない私でも?」
「そんなの関係ないよ、遥は遥じゃないか!
僕にはずっと遥を愛し続ける自信がある! だから遥の心の波が穏やかになるまで僕は待つよ。いつまでも」
「私がおばさんになっても待てる?」
「待つよ、遥がおばさんだろうとお婆さんになろうとも、僕は遥のことがずっと好きだ!」
悪い気はしなかった。
そんなに自分を慕ってくれる光一郎に私の心は揺れた。
「光一郎は浮気はしない?」
「しないよ絶対に!」
「絶対に? 私を捨てたりしない?」
「絶対にしない!」
「本当かしら? 証拠は? 証拠を見せてよ」
「ここにはないよ」
「ここにはない? じゃあどこにあるのよ?」
「今はここにはないよ、いや、ここでは見せられない」
「変な光一郎。ねえ、もう少し強いお酒が飲みたい」
私と光一郎はホテルのバーラウンジへ移動した。
「ミモザを」
「僕はソルティドッグをお願いします」
「かしこまりました」
バーテンダーは40歳代くらいの女性だった。
男性のような力強さはなかったが、優雅さと気品に溢れた所作だった。
「光一郎は彼女はいないの?」
「いたら遥にコクったりしないよ」
「光一郎は女の人を死ぬほど好きになったことってあるの?」
「あるよ」
「いつ?」
「今」
「ばか・・・。
でもそんなバカな男って好き」
私は光一郎の頬にキスをした。
「僕はずっと遥が好きだったんだ。ダメかい? 僕じゃ?」
「抱きたいの? 私を?」
「・・・」
私はミモザを飲み終えると、新しいカクテルを注文した。
「すみません、between the sheets を下さい」
それは「今夜、抱かれてもいいわよ」という意味のカクテルだった。
凄まじいブラスのスウィングに絡みつく木管楽器の旋律。それを鼓舞するかのようなダイナミックなパーカッション。
私は本場のスウィング・ジャズに魅了され、生命エネルギーが漲るようだった。
ホテルのスカイレストランでの光一郎との食事の最中も、私の興奮は収まらなかった。
「凄かったわよねえー、日本人の感性ではあそこまでジャズに溶け込むことは出来ないわ。完全にステージと聴衆がひとつだった。
ありがとう光一郎、誘ってくれて」
「良かった、遥が喜んでくれて」
軽音楽サークルでは光一郎はコルネットを、私はボーカルを担当していた。
光一郎は聡の後輩で、聡のことは彼もよく知っていた。
「北村さんのこと、聞いたよ。
大変だったね?」
私は一旦食事を中断し、ワインに手を伸ばした。
遠くにはレインボーブリッジが見えていた。
「もしかして私、同情されている?」
「同情なんかしないよ。ただ今回のことで僕にもチャンスが訪れたとは思っているけどね?
僕はずっと前から遥のことが好きだったんだ、僕と付き合って欲しい」
光一郎の突然の告白に驚き、戸惑った。
私にとって光一郎は仲のいい男友だちという感覚で、聡と付き合っていたということもあり、彼には特段に異性としての認識が及ばなかったからだ。
「ダメかな? 僕じゃ?」
私はワインを飲み、食事を再開した。
「私ね、大学を卒業したら聡と結婚することになっていたの。
すごく好きだった、聡のことが。
でもその夢は消えたわ。
だから今は「恋愛喪中」なのよ、まだ誰も好きになれない。ごめんなさい」
光一郎は黙っていた。
「そりゃあ浮気する方が悪いわよ、でもね、浮気される方は馬鹿。
だって浮気されるくらい自分に魅力がなかったっていうことでしょう?
浮気をさせないようにするのが賢い女よ」
「そんなことはない! 遥は間違っていない! 絶対に先輩が悪いよ!」
意外だった。いつも冷静な光一郎がムキになっている。
「ありがとう、じゃあさっきの話は訂正するわ、私よりも彼の彼女の方が勝っていたということよ。
私は負けたの。
どちらにしても私は彼に捨てられた中古品。ボロボロのね?」
私は残りのワインを一気に飲み干した。
「そんな私でもいいの? バージンじゃない私でも?」
「そんなの関係ないよ、遥は遥じゃないか!
僕にはずっと遥を愛し続ける自信がある! だから遥の心の波が穏やかになるまで僕は待つよ。いつまでも」
「私がおばさんになっても待てる?」
「待つよ、遥がおばさんだろうとお婆さんになろうとも、僕は遥のことがずっと好きだ!」
悪い気はしなかった。
そんなに自分を慕ってくれる光一郎に私の心は揺れた。
「光一郎は浮気はしない?」
「しないよ絶対に!」
「絶対に? 私を捨てたりしない?」
「絶対にしない!」
「本当かしら? 証拠は? 証拠を見せてよ」
「ここにはないよ」
「ここにはない? じゃあどこにあるのよ?」
「今はここにはないよ、いや、ここでは見せられない」
「変な光一郎。ねえ、もう少し強いお酒が飲みたい」
私と光一郎はホテルのバーラウンジへ移動した。
「ミモザを」
「僕はソルティドッグをお願いします」
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「あるよ」
「いつ?」
「今」
「ばか・・・。
でもそんなバカな男って好き」
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「僕はずっと遥が好きだったんだ。ダメかい? 僕じゃ?」
「抱きたいの? 私を?」
「・・・」
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