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第20話 別離
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ホストクラブには怠惰なレゲエ、ボブマーリーが流れていた。
誰の選曲かは知らないが、この店にレゲエはあまりにお粗末だった。
「瑞希さん、俺、今月はかなり流星に追い上げられているんですよ。
このままだとナンバーワンから転落です」
背中のざっくりと空いたボルドーレッドのイブニングドレスの瑞希は、銀のシガレットケースからメンソールタバコを取り出した。
素早くライターで火を点ける響。
「それで?」
「トップでいたいんですよ、俺。あと200万、なんとかして下さい!
お願いします、瑞希さん! 俺を助けて下さい!」
瑞希はタバコの煙を吸い込むと、響の顔にそれをゆっくりと吹きかけた。
「響、アンタいつからそんな情けないナンバーワンになったの?
流星に追い上げられたですって? アンタ、バカなの?
流星が追い上げたんじゃなくて、アンタが落ちたんでしょう?
所詮あんたはジルコニア、偽物ダイヤよ。
ピンドン入れてあげるから持ってきなさい」
「ありがとう、瑞希さん!
はーい! 瑞希様よりピンドン、いただきましたー!」
湧き上がるホストたちの歓声。
店の音楽が激しいトランスビートに変わった。
瑞希のテーブルにピンクのドン・ペリニヨンが運ばれてきた。
コルクを開け、シャンパングラスにそれを注ごうとする響を瑞希が制した。
「それじゃないわ」
瑞希は赤いエナメルのピンヒールを脱ぐと、響にそれを差し出した。
「これで飲みなさい」
響は一瞬それを躊躇い、屈辱に顔を歪めた。
「どうしたの響? イヤなの?
アンタ、「韓信の股くぐり」って知らないでしょうねえ?
女の股ばっかりくぐって本も読まないもんね?
いいこと、本当の男はね、ちっぽけなプライドなんて大きな野望のためには平気で捨てるものよ。
あんたがこの店のトップに君臨していたいのなら、帝王であり続けたいのなら、このお酒を飲み干してみせなさい!」
すると響は立ち上がり、ヒールにドンペリを注ぎ、一気にそれを飲み干した。
再び湧き上げるホストたちの歓声。
「ピンドン、20本追加しなさい」
「ありがとう、瑞希さん!」
響は瑞希に跪き、手の甲にキスをした。
「バカね、そっちじゃなくてこっちでしょう?」
瑞希はヒールを脱いだ足を響に向けた。
響は瑞希の赤いペティキュアを塗った足の指にキスをした。
その光景を奥のボックス席で薄笑いを浮かべて見ている流星がいた。
「ほら見てごらんよ、あれがウチのナンバーワンホストらしいよ。
惨めだよねえ? あれじゃ飼い主に捨てられてゴミを漁るチワワだな?」
「さすがは私の流星、格の違いを見せてあげましょうよ。
こっちはピンドン30本で!」
流星が叫んだ。
「小春様からピンドン、30本のオーダーをいただきましたあ!
ありがとうございまーす!」
「瑞希さん、流星に負けたくないよ」
「40本持ってらっしゃい。たかが風俗嬢のくせに、この瑞希様と勝負しようなんて100年早いわよ」
閉店まで飲み続けた瑞希は、響やホストたちに支えられ店を出て来た。
外は朝日が黄金色に輝き、欲望の宴を終え、静まり返った朝の歓楽街を数羽のカラスが屯していた。
その朝日を背にして、ひとりの男が立っていた。
聡だった。
「帰るぞ、瑞希」
「なんだテメエは?」
酔ったヘルプのホストが聡に詰め寄った。
聡はその男の腹を思い切り蹴り上げた。
蹲るホスト。
「俺の女房が世話になったな?」
そう言うと、聡は待たせていたタクシーに瑞希を乗せた。
家に帰ると瑞希は便器を抱えるようにして何度も吐いた。
背中を摩る聡。
「私に触らないで!」
まだ酔いが残っている瑞希は、だらりとした手で聡の手を払い除けた。
「謝らないわよ、私・・・」
「謝ることはないよ、どうせ君の金だ。君が何に使おうが、俺がとやかく言えるものではないからな」
「もう限界なの、私・・・。
どんなに私があなたのことを愛しても、あなたは私を見ようともしない・・・。
あなたはまだあの女の事を今でも忘れずに愛している。
冗談じゃないわよ!」
聡は瑞希の小さな背中に手を置いた。
「私はマリーローランサンの詩の女と同じ・・・。
一番哀れな、忘れられた女よ・・・」
聡は瑞希を抱き上げ、ソファに寝かせ水を飲ませようとした。
瑞希はそれを手で跳ね飛ばした。
グラスは放物線を描き、床に落ちて砕け散った。
「ふふふっ、私たちみたい・・・、バラバラに割れちゃった。あはははは」
瑞希は嗚咽した。
物音に気付いた正信が起きて来た。
「そうしたの? ママ」
「ママね、パパとお別れすることにしたの。ノブちゃんはママと一緒に暮らしましょうね?」
「どっちでもいいよ、ボク」
聡は信正が間違いなく自分の息子であることをこの時確信した。
翌日、聡は離婚届にサインをして家を出た。
誰の選曲かは知らないが、この店にレゲエはあまりにお粗末だった。
「瑞希さん、俺、今月はかなり流星に追い上げられているんですよ。
このままだとナンバーワンから転落です」
背中のざっくりと空いたボルドーレッドのイブニングドレスの瑞希は、銀のシガレットケースからメンソールタバコを取り出した。
素早くライターで火を点ける響。
「それで?」
「トップでいたいんですよ、俺。あと200万、なんとかして下さい!
お願いします、瑞希さん! 俺を助けて下さい!」
瑞希はタバコの煙を吸い込むと、響の顔にそれをゆっくりと吹きかけた。
「響、アンタいつからそんな情けないナンバーワンになったの?
流星に追い上げられたですって? アンタ、バカなの?
流星が追い上げたんじゃなくて、アンタが落ちたんでしょう?
所詮あんたはジルコニア、偽物ダイヤよ。
ピンドン入れてあげるから持ってきなさい」
「ありがとう、瑞希さん!
はーい! 瑞希様よりピンドン、いただきましたー!」
湧き上がるホストたちの歓声。
店の音楽が激しいトランスビートに変わった。
瑞希のテーブルにピンクのドン・ペリニヨンが運ばれてきた。
コルクを開け、シャンパングラスにそれを注ごうとする響を瑞希が制した。
「それじゃないわ」
瑞希は赤いエナメルのピンヒールを脱ぐと、響にそれを差し出した。
「これで飲みなさい」
響は一瞬それを躊躇い、屈辱に顔を歪めた。
「どうしたの響? イヤなの?
アンタ、「韓信の股くぐり」って知らないでしょうねえ?
女の股ばっかりくぐって本も読まないもんね?
いいこと、本当の男はね、ちっぽけなプライドなんて大きな野望のためには平気で捨てるものよ。
あんたがこの店のトップに君臨していたいのなら、帝王であり続けたいのなら、このお酒を飲み干してみせなさい!」
すると響は立ち上がり、ヒールにドンペリを注ぎ、一気にそれを飲み干した。
再び湧き上げるホストたちの歓声。
「ピンドン、20本追加しなさい」
「ありがとう、瑞希さん!」
響は瑞希に跪き、手の甲にキスをした。
「バカね、そっちじゃなくてこっちでしょう?」
瑞希はヒールを脱いだ足を響に向けた。
響は瑞希の赤いペティキュアを塗った足の指にキスをした。
その光景を奥のボックス席で薄笑いを浮かべて見ている流星がいた。
「ほら見てごらんよ、あれがウチのナンバーワンホストらしいよ。
惨めだよねえ? あれじゃ飼い主に捨てられてゴミを漁るチワワだな?」
「さすがは私の流星、格の違いを見せてあげましょうよ。
こっちはピンドン30本で!」
流星が叫んだ。
「小春様からピンドン、30本のオーダーをいただきましたあ!
ありがとうございまーす!」
「瑞希さん、流星に負けたくないよ」
「40本持ってらっしゃい。たかが風俗嬢のくせに、この瑞希様と勝負しようなんて100年早いわよ」
閉店まで飲み続けた瑞希は、響やホストたちに支えられ店を出て来た。
外は朝日が黄金色に輝き、欲望の宴を終え、静まり返った朝の歓楽街を数羽のカラスが屯していた。
その朝日を背にして、ひとりの男が立っていた。
聡だった。
「帰るぞ、瑞希」
「なんだテメエは?」
酔ったヘルプのホストが聡に詰め寄った。
聡はその男の腹を思い切り蹴り上げた。
蹲るホスト。
「俺の女房が世話になったな?」
そう言うと、聡は待たせていたタクシーに瑞希を乗せた。
家に帰ると瑞希は便器を抱えるようにして何度も吐いた。
背中を摩る聡。
「私に触らないで!」
まだ酔いが残っている瑞希は、だらりとした手で聡の手を払い除けた。
「謝らないわよ、私・・・」
「謝ることはないよ、どうせ君の金だ。君が何に使おうが、俺がとやかく言えるものではないからな」
「もう限界なの、私・・・。
どんなに私があなたのことを愛しても、あなたは私を見ようともしない・・・。
あなたはまだあの女の事を今でも忘れずに愛している。
冗談じゃないわよ!」
聡は瑞希の小さな背中に手を置いた。
「私はマリーローランサンの詩の女と同じ・・・。
一番哀れな、忘れられた女よ・・・」
聡は瑞希を抱き上げ、ソファに寝かせ水を飲ませようとした。
瑞希はそれを手で跳ね飛ばした。
グラスは放物線を描き、床に落ちて砕け散った。
「ふふふっ、私たちみたい・・・、バラバラに割れちゃった。あはははは」
瑞希は嗚咽した。
物音に気付いた正信が起きて来た。
「そうしたの? ママ」
「ママね、パパとお別れすることにしたの。ノブちゃんはママと一緒に暮らしましょうね?」
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