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第7話

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 秋は別れの季節。シルバー恋愛センターにも様々な恋愛相談が来るようになり、アドバイザーたちも退屈しない毎日を送っていた。

 山田棟梁は中年の奥さんからの相談を受けていた。

 「主人とはもう半年もアレがないんです」
 「アレがねえのかあ。それは悶々もんもんするわな? 奥さんも今が「女ざかり」だもんなあ。 
 旦那、浮気してるとか?」
 「いえ、それはないと思います。ブリーフ・パンツにアレが付着していることもありませんし」
 「アンタの旦那、いい歳ぶっこいてまだブリーフ履いてんのか? 小学生じゃあるめえし。
 いや、小学生でも履かねえぞ。まさか白じゃねえだろうな?」
 「いえ、白ブリーフです」
 「白!」
 「ただ・・・」
 「ただどうした?」
 「たまにですけど、アレの付いたティシュが寝室のゴミ箱に捨てられていて。
 どうやら自分でアレをしているようなんです」
 「なるほど、自分でアレをねえ? となると浮気はしてねえか? 何しろ白ブリーフの男じゃあ相手にもされねえだろうしな? 奥さん、もしかして旦那に何か傷つくことを言ったんじゃねえのか? アレしてる時に」
 「アレしている時にですか?」
 「例えば「あなた、そんな雑な愛撫で私が気持ちいいとでも思っているの?」とかよ?
 男はなあ、意外とほんの些細な言葉で傷つく、デリケートな生き物なんだ」
 「あっ、そう言えば主人がアレを出しちゃった時、「早いのね?」と言ったことがありました」
 「それはいつのことだい?」
 「丁度、半年前のことです」
 「やっぱり。たぶん原因はそれだな?」
 「どうしたらいいでしょうか?」
 「そりゃアレだよ奥さん、アレがアレしてアレするしかねえじゃねえか?
 それから赤とか黒とかのスケスケのパンティはダメだぜ、男は意外とそういう「淫らなアバズレ人妻」みたいな物より、清楚な白とか薄いピンク、水色の方が好きだからな?」
 「わかりました。今夜、早速私の方からアレを誘ってみます」
 「その時、忘れんじゃねえぞ。たとえアレが下手っぴでも褒めてやることだ。「もうダメ~、イッちゃう~」ってな? 旦那に自信を持たせてやるんだ」
 「やってみます!」
 「アレは夫婦の「潤滑油」みてえなもんだからな? がんばれよ、奥さん」
 「貴重なアドバイス、ありがとうございました」
 「アレがしたい時はいつでも俺が相手になってやってもいいぜ」
 「遠慮しておきます。私、年上はちょっと」


 道子はダブル不倫をしている40代の男性からの相談だった。

 「女房と別れたいんです、どうしたら女房を傷つけずに離婚出来るでしょうか?」
 「それは無理ね? だってそもそも不倫は泥沼だから。奥さんに逆上されてブスリとやられても文句は言えないわよ。だから不倫をするには覚悟がいるの。特に男性は」
 「今、ドロドロ、ビチョビチョ、ぐちゃぐちゃの泥沼状態なんです」
 「その彼女とは結婚したいの?」
 「はい!」
 「それで彼女は何て言ってるの?」
 「直接彼女に訊いたわけではありませんが多分、同じ気持ちだと思います。
 僕たち、愛し合っているので」
 「あなた、年収は?」
 「税込み380万円です」
 「それで彼女のご主人の年収は?」
 「よくわかりませんが、勤務医なので2,000万円は越えているかと思います」
 「何科のお医者さん?」
 「確か内科だったと思います」
 「それじゃ離婚する気はないわね? あなた、ただ遊ばれているだけよ。いわゆるセフレね」
 「セフレ? どうしてですか?」
 「だっていずれは開業するからよ。そうしたら億はくだらないでしょう?
 女は計算で動くものなの。離婚するのはおやめなさい」
 「酷いじゃないですか! 僕は本気なんですよ!」
 「不倫なんてお止めなさい! ただ甘美な背徳感に一時的に酔ってるだけだから。
 仮にその彼女と結婚しても同じ、あなたが変わらない限り、また離婚したくなるわよ。
 それより奥さんを褒めて感謝して、愛してあげなさい。
 あなただって奥さんに惚れたから結婚したんでしょう? あなたが奥さんを大事にしないから、奥さんもあなたを大事にしないの。わかる?
 相手に求めるんじゃなく、与えるの。
 不倫なんてね? 所詮は「虚しい恋愛ごっこ」なんだから」

 
 源次郎は苦戦していた。どうアドバイスしていいのかわからなかったのである。

 「結婚したいんです」
 「お相手は?」
 「私と同じ36才です。取引先の人なんです。私たちはとても愛し合っています。でも日本では結婚出来ません、許されない愛なんです」
 「それはどうしてですか? 日本の在留資格がないとかですか?」
 「いえ、僕と同じ男性だからです」
 「・・・。なるほど、日本では同性同士での結婚は認められてはいませんからねえ」
 「そうなんです。どうしたらいいでしょうか? 僕たちどうしても結婚して子供が欲しいんです!」
 「最高裁まで戦うには費用も時間もかかりますしねえ。いかがです? いっそ民自党から国会議員になってみては? 裏金ももらえるのでそれで彼と豪華な暮らしを楽しめますから」
 「国会議員かあ、それは思いつきませんでした。
 彼と相談してみます、ありがとうございました」



 三時の休憩時間にみんなでお茶を啜っていると、北大路の話題になった。
 
 「でもよお、所長。どうして元ヤクザの北大路さんをアドバイザーに採用したんだい?
 反社はダメって誓約書には書いてあるじゃねえか?」
 「北大路さんは今現在は足を洗っています。それに北大路さんには切ない過去があるから採用しました。
 最初は本部のシルバー人材センターも難色を示していましたがね」
 「あれ以上壮絶なの? 北大路さんって」
 「後は個人情報なのでこれ以上は私の口からは言えません」
 「そう言われると余計に聞きたくなるじゃねえか。なあ源ちゃん?」
 「山田棟梁、あまり他人のプライバシーを探るのはよくありませんよ」
 「ホントは知りてえくせに。それに北大路さんは他人じゃねえ、家族だ」
 「色々あるのよ。北大路さんにも」

 美紀が棟梁をいさめた。 
 


 その日、北大路は墓参りに来ていた。

 「幸子さちこ、面白え奴らと知り合いになったよ。昔の俺みたいに社会からはみ出た半端はんぱ者だ。
 かわいい奴らなんだよ、これが。
 俺の子分になりてえなんていうから、俺はそいつらの父親になることにしたんだ。
 アイツらは俺と同じで、親がいないらしいからな」

 それは北大路の妻の墓だった。
 北大路が刑務所に入ってすぐ、元々病弱だった妻の幸子は、北大路が逮捕されたショックで心労が重なり、亡くなってしまったのであった。
 北大路は最愛の妻の臨終を看取ることも出来なかった。
 幸子は極道の妻として北大路を支え続けた。
 北大路は刑務所で、そんな自分の人生を悔やんだという。

 
 「お前が死んでもう30年だ。俺もじきにそっちへ行くからよろしくな?」

 墓に供えた線香の煙が、秋風に揺れた。
 
 
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