2 / 3
第2話
しおりを挟む
女房とは5年前に別れ、私は自暴自棄になっていた。
本も読まず映画も観なくなった。
ひとり暮らしの寂しさを埋める為に、見もしないテレビをBGM代わりに点けっぱなしにしていた。
私は疲れていた。
死のうと思った。まるでハイキングにでも行くかのように。
美味い物でも食べて酒を飲み
、いい女を抱いて、この高層階のマンションのベランダからダイブしようと考えた。
私はまず、赤坂にある、松坂牛の老舗しゃぶしゃぶ屋に出かけることにした。
店に行くと個室の座敷に案内された。
5万円のコースを注文し、もちろん酒も注文した。
最初はビールにした。
京都の庭を移築したというその中庭は水琴窟のある、一本キリリと筋の通った凛とした趣きがあった。
「失礼してもよろしいでしょうか?」
襖の外から仲居が声を掛けて来た。
よく通る、ミュージカル女優のような澄んだ声には知性と教養が滲んでいた。
「どうぞ」
戸襖を開けて入って来たその仲居の美しさに、一瞬時間が止まりり、音が消えた。
黒髪をアップにし、切れ長の目、花が綻んだような口元、博多人形のようにきめ細やかな肌。
カスリの着物をきちんと着こなした長身美人であった。
「おビールをお持ちいたしました」
私が冷えたグラスを少し傾けて差し出すと、仲居は袂を気にしながらビールを注いでくれた。
「都内にお住まいですか?」
私は一気にグラスを空けて言った。
「品川です。最近『品川ゲートウェイ』」と洒落た名前になってしまったあの駅の近くです」
「素敵なところにお住まいなんですね?」
私は予め用意して来た「心付け」に千円札1枚しか入れて来なかったことを後悔した。故にそれを渡さずに、指が切れるような1万円の新札を渡そうとした。
「心付けです、今日はよろしくお願いします」
「ありがとうございます。心付けでしたらお客様のお心だけ頂戴いたします。
ではお食事の準備をさせていただきます」
仲居はカネを受け取らなかった。
「一度出したものは引っ込めるわけには行かない。あなたは仲居として当たり前のことをしてもらえばそれでいい。だから黙って受け取って欲しい。
それに私にはもう、必要のないカネだから」
私は無理やり札をふたつに折って仲居の帯にそれを差し込んだ。
軽く胸が手に触れた。
「なんだかこれから死んじゃうみたい」
仲居は手を口に当て上品に笑った。
「では遠慮なく頂戴します。
ありがとうございます。今日は精一杯務めさせていただきますね」
そして私の最期の晩餐が始まった。
本も読まず映画も観なくなった。
ひとり暮らしの寂しさを埋める為に、見もしないテレビをBGM代わりに点けっぱなしにしていた。
私は疲れていた。
死のうと思った。まるでハイキングにでも行くかのように。
美味い物でも食べて酒を飲み
、いい女を抱いて、この高層階のマンションのベランダからダイブしようと考えた。
私はまず、赤坂にある、松坂牛の老舗しゃぶしゃぶ屋に出かけることにした。
店に行くと個室の座敷に案内された。
5万円のコースを注文し、もちろん酒も注文した。
最初はビールにした。
京都の庭を移築したというその中庭は水琴窟のある、一本キリリと筋の通った凛とした趣きがあった。
「失礼してもよろしいでしょうか?」
襖の外から仲居が声を掛けて来た。
よく通る、ミュージカル女優のような澄んだ声には知性と教養が滲んでいた。
「どうぞ」
戸襖を開けて入って来たその仲居の美しさに、一瞬時間が止まりり、音が消えた。
黒髪をアップにし、切れ長の目、花が綻んだような口元、博多人形のようにきめ細やかな肌。
カスリの着物をきちんと着こなした長身美人であった。
「おビールをお持ちいたしました」
私が冷えたグラスを少し傾けて差し出すと、仲居は袂を気にしながらビールを注いでくれた。
「都内にお住まいですか?」
私は一気にグラスを空けて言った。
「品川です。最近『品川ゲートウェイ』」と洒落た名前になってしまったあの駅の近くです」
「素敵なところにお住まいなんですね?」
私は予め用意して来た「心付け」に千円札1枚しか入れて来なかったことを後悔した。故にそれを渡さずに、指が切れるような1万円の新札を渡そうとした。
「心付けです、今日はよろしくお願いします」
「ありがとうございます。心付けでしたらお客様のお心だけ頂戴いたします。
ではお食事の準備をさせていただきます」
仲居はカネを受け取らなかった。
「一度出したものは引っ込めるわけには行かない。あなたは仲居として当たり前のことをしてもらえばそれでいい。だから黙って受け取って欲しい。
それに私にはもう、必要のないカネだから」
私は無理やり札をふたつに折って仲居の帯にそれを差し込んだ。
軽く胸が手に触れた。
「なんだかこれから死んじゃうみたい」
仲居は手を口に当て上品に笑った。
「では遠慮なく頂戴します。
ありがとうございます。今日は精一杯務めさせていただきますね」
そして私の最期の晩餐が始まった。
1
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる