ふたたびの春

菊池昭仁

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第3話

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 その仲居の所作は流れるように見事なものであった。

 
 「苦手な物はありますか?」
 「人間の好き嫌いはありますが、食べ物の好き嫌いはありません」
 「あら、私と同じ。私も好き嫌いはありません、人は普通かな?」
 「私は滑川、滑川豪と言います」
 「私は三春由紀恵です」

 ネームプレートには三春と名が記されていた。

 「三春由紀恵さんかあ、素敵な名前ですね?」
 「三春の滝桜はご存知ですか?」
 「テレビでは何度か。でも訪れたことはまだありません」
 「私は田舎が福島なんです。
 滝桜は昼も夜もとても幻想的です、ぜひ一度ご覧になって下さい」
 「となると春ですね? 春に三春由紀恵さんと三春の滝桜なんて贅沢なお花見ですね?」
 「うふっ 春がいっぱい。でも私なんかと行くよりも素敵な奥様か、彼女さんと行った方がいいと思いますよ」
 「三春の滝桜も由紀恵さんには敵いません」
 「お肉のお替わり、いかがされますか? 追加にはなってしまいますが」
 「では後5枚追加して下さい。今夜は由紀恵さんみたいな美人さんと出会えて気分がいいから日本酒ももらおうかな?」
 「かしこまりました。日本酒は何になさいますか?」
 「由紀恵さんの故郷、福島の酒はありますか?」
 「それでしたら飛露喜の特別純米酒がおすすめです」
 「じゃあそれでお願いします」

 由紀恵は追加の肉を取りに行ってくれた。
 これから死のうとしている自分がたらふく松坂牛を食べている矛盾に私は笑った。

 三春由紀恵、見れば見るほど美しい女だった。 
 こんな女を抱くことができるのであれば、私はいつ死んでもいいと思った。


 「お待ちどう様でした」

 肉と酒を持って由紀恵がやって来た。


 「追加していただいたお肉とこれが飛露喜でございます」

 由紀恵が私の持った盃に酌をしようとした際、左手首に薄らと自傷跡があるのを見つけた。
 私はこの女にシンパシーを感じた。
 人は誰しも一度は「死にたい」と思い悩むことはあるが、実際にそれをしようとする者は少ない。
 死ぬ勇気が必要だからだ。

 私はある賭けをすることにした。
 もし彼女の携帯番号を聞くことが出来たら死ぬのは辞めようと。


 「由紀恵さん、携帯の番号を訊いてももいい?」
 「どうしてですか?」
 「また会いたいから」
 「それならまたこちらにおいで下さればお会い出来ますよ」

 由紀恵は楽しそうに笑った。

 「ダメですか?」
 「どうしようかなあ」
 「あなたといつか、三春の滝桜が見たい」

 すると由紀恵は真顔で言った。

 「LINE、交換しません? まずはお友だちとして」

 私は死ぬ事を辞めた。
 庭の水琴窟の澄んだ音色が見えた。
 それは希望の音だった。

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