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第三章
第2話 失った宝石
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東京に帰って来た。
「これ、ふたりで食べるといい」
俺は遥に飯坂温泉で買った饅頭の箱を渡した。
「実は狙っていたの。ありがとうパパ!」
遥はうれしそうに饅頭の箱を抱き締めた。
「いいんですか? 他にお届けする物だったのでは?」
「いや、あまりにもお前と遥が旨そうに食べていたからな?」
「すみません、お気遣いいただいて」
「気を付けて帰るんだぞ」
「はーい。パパ、今度はいつ来るの?」
「来週の水曜日かな? 夜、肉でも食いに行こう」
「うん、楽しみにしてるね?」
そんな遥を見て、直子は寂しそうに笑っていた。
どうやら今回の温泉旅行で、直子には思うところがあったようだ。
翌日の夕方、会社に出社して田子倉に饅頭のみやげを渡した。
「これ」
「いつもありがとうございます」
「饅頭は嫌いか?」
「いいえ、大好きです。特にここのお饅頭は。
飯坂温泉に行かれたんですね? 女性と」
「いいだろう、たまには温泉に行ったって」
「悪くはありませんよ、ただ、私の存じ上げない普通の女性とならですけど」
「出掛けて来る。クルマを頼む」
「社長、お饅頭ありがとうございます。みんなで美味しくいただきます」
祥子は勘のいい女だ。俺が直子たちと温泉旅行に行ったことが面白くはない様子だった。
俺は銀座の芳恵の店に出掛けたが、芳恵はいなかった。
「ママ、今夜は芳恵は休みかい?」
「辞めたのよ、突然。今日は別な女の子をご紹介するわね?」
俺はママに饅頭の箱を渡した。
「あら福島に? 懐かしいわ、私、生まれが福島なの。ありがとう、杉田社長」
俺は先週、芳恵との会話を想い出していた。
セックスを終えて、芳恵は言った。
「私、結婚しようと思うの?」
「いいんじゃねえか? お前がそれでしあわせなら」
「やっぱり杉田さんは大人ね? 若い男なら「誰と?」と訊くものなのに」
「そんなの訊いてもしょうがねえだろう? お前の決めた男なら、いい奴に決まっている」
「愛人が結婚しても平気なの?」
「平気ではないが、それは俺のせいでもある。
芳恵のしあわせを俺に阻む権利はないからな」
芳恵は煙草に火を点けた。
タバコの灯りが芳恵の美しい顔を仄かに浮かび上がらせた。
「なんてね、冗談よ。結婚なんてしないわ」
(芳恵は俺と別れようとしているのか?)
女と付き合うには俺流の掟があった。
それは自分から離れていく女を決して引き留めないことだ。
なぜならそれは止むを得ないことだからだ。
別れたいと思われるような付き合いはしないつもりだ。
それは俺のために別れなければいけないという、女の苦渋の選択だからだ。
芳恵のようないい女はそうはいない。
芳恵に群がる男は多い。
事実、俺がそうだった。
芳恵と付き合うようになって、もう3年になる。
「俺と別れたいのか?」
「どうかしら? でも、一緒にいると辛い時もあるわ・・・」
芳恵はタバコの煙を細く吐き出した。
「このままじゃイヤだということか?」
「ううん、いいの、いいのよ、これがずっと続くのならそれで。
最近、奥さんの匂いじゃない別の女のいい匂いがする。
私にもプライドがあるわ。私は二番じゃなきゃイヤ、三番目はイヤなの。
奥さんに負けても他の女には負けたくない。
もし私があなたから捨てられるようなことがあれば、私は自分からあなたの元を去るわ」
「俺がお前を捨てる? 俺がお前に捨てられることはあっても、俺が芳恵を捨てることは絶対にない」
芳恵はタバコを消して俺にキスをした。
それは冷たいキスだった。
俺は芳恵に電話を掛けた。
「お掛けになった電話番号は、現在、使われておりません・・・」
予想通りだった。
俺は美しい宝石を失くしてしまった。
「はじめまして杉田社長。チイママの「すみれ」です。
ご贔屓にお願いしますね?」
和服を着て小首を傾げたすみれは、芳恵の代わりにチイママになったホステスだった。
「すみれちゃん、シャンパンを頼む。
銘柄は任せるよ。このあとアフターはどうだ?」
「もちろんです。杉田社長」
「俺は胸の大きい女は苦手なんだ」
「良かった、それなら私、合格ですね? 後でじっくり検査して下さい」
すみれとホテルに行った。
「芳恵はどうして店を辞めたんだ?」
「なんだかアメリカに行くらしいですよ」
「そうか・・・」
「今度は私をかわいがって下さいね? 杉田社長」
その夜、俺はすみれを激しく抱いた。
芳恵を失った悲しみを、すみれで埋めようとしたのだ。
それ以来、俺はすみれと会うことはしなかった。
そして店も替えた。
芳恵のいない店には、もう行く理由がなくなったからだ。
「これ、ふたりで食べるといい」
俺は遥に飯坂温泉で買った饅頭の箱を渡した。
「実は狙っていたの。ありがとうパパ!」
遥はうれしそうに饅頭の箱を抱き締めた。
「いいんですか? 他にお届けする物だったのでは?」
「いや、あまりにもお前と遥が旨そうに食べていたからな?」
「すみません、お気遣いいただいて」
「気を付けて帰るんだぞ」
「はーい。パパ、今度はいつ来るの?」
「来週の水曜日かな? 夜、肉でも食いに行こう」
「うん、楽しみにしてるね?」
そんな遥を見て、直子は寂しそうに笑っていた。
どうやら今回の温泉旅行で、直子には思うところがあったようだ。
翌日の夕方、会社に出社して田子倉に饅頭のみやげを渡した。
「これ」
「いつもありがとうございます」
「饅頭は嫌いか?」
「いいえ、大好きです。特にここのお饅頭は。
飯坂温泉に行かれたんですね? 女性と」
「いいだろう、たまには温泉に行ったって」
「悪くはありませんよ、ただ、私の存じ上げない普通の女性とならですけど」
「出掛けて来る。クルマを頼む」
「社長、お饅頭ありがとうございます。みんなで美味しくいただきます」
祥子は勘のいい女だ。俺が直子たちと温泉旅行に行ったことが面白くはない様子だった。
俺は銀座の芳恵の店に出掛けたが、芳恵はいなかった。
「ママ、今夜は芳恵は休みかい?」
「辞めたのよ、突然。今日は別な女の子をご紹介するわね?」
俺はママに饅頭の箱を渡した。
「あら福島に? 懐かしいわ、私、生まれが福島なの。ありがとう、杉田社長」
俺は先週、芳恵との会話を想い出していた。
セックスを終えて、芳恵は言った。
「私、結婚しようと思うの?」
「いいんじゃねえか? お前がそれでしあわせなら」
「やっぱり杉田さんは大人ね? 若い男なら「誰と?」と訊くものなのに」
「そんなの訊いてもしょうがねえだろう? お前の決めた男なら、いい奴に決まっている」
「愛人が結婚しても平気なの?」
「平気ではないが、それは俺のせいでもある。
芳恵のしあわせを俺に阻む権利はないからな」
芳恵は煙草に火を点けた。
タバコの灯りが芳恵の美しい顔を仄かに浮かび上がらせた。
「なんてね、冗談よ。結婚なんてしないわ」
(芳恵は俺と別れようとしているのか?)
女と付き合うには俺流の掟があった。
それは自分から離れていく女を決して引き留めないことだ。
なぜならそれは止むを得ないことだからだ。
別れたいと思われるような付き合いはしないつもりだ。
それは俺のために別れなければいけないという、女の苦渋の選択だからだ。
芳恵のようないい女はそうはいない。
芳恵に群がる男は多い。
事実、俺がそうだった。
芳恵と付き合うようになって、もう3年になる。
「俺と別れたいのか?」
「どうかしら? でも、一緒にいると辛い時もあるわ・・・」
芳恵はタバコの煙を細く吐き出した。
「このままじゃイヤだということか?」
「ううん、いいの、いいのよ、これがずっと続くのならそれで。
最近、奥さんの匂いじゃない別の女のいい匂いがする。
私にもプライドがあるわ。私は二番じゃなきゃイヤ、三番目はイヤなの。
奥さんに負けても他の女には負けたくない。
もし私があなたから捨てられるようなことがあれば、私は自分からあなたの元を去るわ」
「俺がお前を捨てる? 俺がお前に捨てられることはあっても、俺が芳恵を捨てることは絶対にない」
芳恵はタバコを消して俺にキスをした。
それは冷たいキスだった。
俺は芳恵に電話を掛けた。
「お掛けになった電話番号は、現在、使われておりません・・・」
予想通りだった。
俺は美しい宝石を失くしてしまった。
「はじめまして杉田社長。チイママの「すみれ」です。
ご贔屓にお願いしますね?」
和服を着て小首を傾げたすみれは、芳恵の代わりにチイママになったホステスだった。
「すみれちゃん、シャンパンを頼む。
銘柄は任せるよ。このあとアフターはどうだ?」
「もちろんです。杉田社長」
「俺は胸の大きい女は苦手なんだ」
「良かった、それなら私、合格ですね? 後でじっくり検査して下さい」
すみれとホテルに行った。
「芳恵はどうして店を辞めたんだ?」
「なんだかアメリカに行くらしいですよ」
「そうか・・・」
「今度は私をかわいがって下さいね? 杉田社長」
その夜、俺はすみれを激しく抱いた。
芳恵を失った悲しみを、すみれで埋めようとしたのだ。
それ以来、俺はすみれと会うことはしなかった。
そして店も替えた。
芳恵のいない店には、もう行く理由がなくなったからだ。
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