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第三章

第8話 直子の決意

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 「そんなのイヤだよ」

 遥が言った。

 「パパはね、社長さんなの。だからお別れするの」
 「どうして社長さんだと会ってはいけないの?」
 「あなたも大人になれば分かるわ」
 「ママはそれでいいの? パパとお別れしても?」

 直子は遂に言ってしまった。

 「パパは私たちだけのパパじゃないのよ」
 「分かってるよ、そんなこと」
 「大丈夫。大学には行きなさい。ママが頑張るから」
 「大学なんて行かなくてもいいよ。
 でも、パパと会えなくなるのはイヤ!」
 「遥・・・」
 「ママだって同じでしょ? パパを愛しているんでしょう?」
 「会社の人から言われたのよ。
 社長を好きなら会社を辞めて欲しいと。
 仕事は紹介してあげるからって」
 「だったら会社を辞めればいいじゃない。
 そうすればお別れしなくてもいいんでしょう?」
 「それでいいの? 遥は?」

 直子は杉田の傍にいたかった。
 たとえ個人的な関係を捨てても。

 「パパと別れたくないわ。でもね、いつもパパの傍にいてあげたいの」
 「ママ・・・」

 直子は遥を強く抱き締めた。



 翌日の昼休み、直子は田子倉を近くのコーヒーショップに誘った。

 「田子倉課長、先日のお話なんですが」
 「会社を辞めるのね?」
 「すみません。やはり諦め切れません、あの人の事が」
 「そう言うと思ってたわ」

 田子倉はミントの浮いたアイスティをストローで混ぜた。

 「会社は辞めます。仕事は自分で探します。色々お世話になりました」
 「大変だったらいつでも言ってね?
 あなたの気持ち、私にも分かる。私もあの人を愛しているから」
 「ライバルですね? 私たち」
 「いいえ、姉妹よ。同じ男を愛した姉妹」
 「じゃあ年令的には私がお姉ちゃんですね?」
 「それはどうかしら? 私の方が彼との付き合いは長いわよ?」
 「愛は長さじゃなくて、深さだと思いますけど」
 「やっぱりライバルかもね? あなたと私、恋のライバル」

 直子と祥子は笑った。




 久しぶりに直子を抱いた。
 ホテルということもあり、直子はいつもより積極的になり、大きな声で喘いでいた。

 「あ、あ、あ、あ、下さ、い。もっと・・・激しく・・・」
 
 直子はすでに閉経していたので、俺はいつものようにそのまま中に放出した。

 彼女も俺に合わせてイッたようだった。
 精子が流れ出し、慌ててティッシュを股間に当てる直子。


 俺がタバコを咥えると、直子が火を点けてくれた。

 「お水、飲んで来ますね? もう喉がカラカラ」
 「俺にもくれ」
 「はい」

 直子の白い桃尻が、冷蔵庫の前に突き出ている。
 完熟された甘美な美しい尻だった。

 俺は喉を鳴らしてミネラルウオーターを飲んだ。
 直子も旨そうにそれを飲んでいた。

 「私、会社を辞めようと思うんです」
 「どうして?」
 「本気であなたを好きになってしまったからです」
 「だったらこのままウチで働けばいい」
 「いつかバレますよ。私たちの関係が」
 
 俺はタバコの煙を吸い、溜息を吐くように煙を吐いた。

 「仕事の宛てはあるのか?」
 「いいえ。ですから決まるまで会社において下さい」
 「どうした? 急に?
 職場で何か言われたのか?」
 「いいえ、みなさんいい方ばかりです。
 せっかく助けていただいたのに、すみません・・・」
 「仕事は俺が紹介してやるから心配するな」
 「ありがとうございます。助かります」

 直子は俺にカラダを寄せた。

 おそらく直子に退職を迫ったのは祥子だろう。
 それは俺も考えていた事だった。
 死んだ岩倉が言うように、社内に女がいるのは問題だった。

 だが、近くに置いて置きたいのも事実だった。
 この女を手放したくはないと。もちろん娘の遥もだ。

 「そうすれば、このままあなたを好きでいいですよね?」

 俺は直子を抱き締めた。

 「いいのか? このままで? 女好きの俺で?」
 「このままがいいんです、このままが。
 あなたはモテるから独り占めには出来ません。奥様やご家族には申し訳ないのですが、それでもあなたが好き」
 「すまないな? 辛い思いをさせて」
 「いいえ、好きになった私が悪いんですから」
 「声を掛けたのは俺の方だぞ」
 「忘れました。もうそんなことは・・・」

 そしてまた、俺たちの長い夜が始まった。
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