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第四章
第1話 吉田の逆襲
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「祥子、沢村が会社を辞めたいそうだが、何か聞いているか?」
「いいえ、何も」
「そうか?」
「残念ですが、そんな沢村さん、私は嫌いじゃありません」
「祥子」
「何でしょう?」
「ありがとな」
「何のことでしょう? 失礼します」
祥子はそのまま女子トイレに駆け込み、周囲に誰もいないことを確認して泣いた。
ブースに籠り、声を殺して泣いた。
その涙は、本当は直子を傍に置いておきたい杉田の想いと、会社の安泰と杉田を守りたいという苦渋の選択、そして杉田をそれほどまでに深く愛している直子への嫉妬の涙だった。
総務部長の村山と証券会社の常務、木戸が暗い面持ちでやって来た。
「社長、大変です。うちの会社の株が何者かによって大量に買い進められています。すでに15%の株が取得されてしまいました」
「この勢いで買い進められていくと51%に達し、経営権を奪われることも時間の問題です」
「乗っ取りか? そんなアホなことをするのはアイツくらいなもんだろうな?」
「社長はご存知なんですか?」
「吉田だよ。ヘビみたいな野郎だな?」
「TOBになる可能性があるかと」
「公開買付か? そんなに欲しけりゃくれてやるのにな?
アイツの目的は俺を社長の座から引き摺り下ろし、この会社を自由にしたいだけだ。俺への復讐だよ」
「社長、そんな呑気なことを!」
岩倉がこの木戸常務に勧められ、10年前に東証二部に株式を上場させたが、俺はその時だけは反対した。
今回のように乗っ取りの危険や、株主たちの顔色を見て会社経営をするのが面倒だったからだ。
だが、業務拡大の為にはカネが必要だった。
証券会社の木戸は慌てていたが、村山は冷静だった。
俺に何か策があるのだろうと踏んでいるようだ。
数日後、吉田が会社へやって来た。
受付から田子倉に連絡が入った。
「秘書課長、吉田前専務が社長にお会いしたいと仰っていますが」
「ちょっと待ってて」
田子倉は内線で杉田にその旨を伝えた。
「社長、吉田が社長にお会いしたいと下に来ておりますが、いかがなさいますか?」
「来たか? 通してくれ」
「かしこまりました」
吉田が秘書室の祥子の前にやってくると、
「お久しぶりです、田子倉社長秘書さん。
相変わらずお美しい」
「吉田さんも相変わらず悪い人相をされていますね? コソコソと泥棒でもされているのですか? それとも強盗かしら?」
田子倉は立ち上がり、社長室のドアを3回ノックした。
「吉田さんがお見えになりました」
「通せ」
吉田は勝ち誇ったような表情で、悠然とソファに座った。
「ご無沙汰しています。お元気そうで何よりです、杉田さん」
「株を買い占めているんだってな?」
「はい、大分集まりました。
あとはTOBで一気に行かせていただきます。
杉田さん、あなたは甘い。
敵は最後まで息の根を止めておかないと、私のようにしぶとい獰猛で有能なライオンもおりますからなあ」
「ライオンじゃなくて、間抜けな野良ネコじゃねえのか? そんなに欲しけりゃくれてやるよ、この『イワスギホーム』をよ。
お前の好きにすればいい、どうせすぐに潰れてしまうだろうがな?」
吉田の表情が変わった。
「好きにさせてもらいますよ、あなたには散々煮え湯を飲まされましたからね? あなたはもう終わりだ。いくらあなたでも今度ばかりは無理ですよ。資金力が違う。それとも気の利いたホワイトナイトでも呼びますか?」
そこへ田子倉が珈琲を持ってやって来た。
「失礼いたします」
田子倉は吉田の前にそれを静かに置いた。
吉田は緊張のせいか、すぐにその珈琲に手をつけた。
「うっ、何だこれは!」
「お砂糖の代わりにお塩を入れておきました。お清めです。
あら、少なかったですか? そのまま直にお掛けしますか?」
「おまえたちはもう終わりだ! ジ・エンドだよ!」
吉田は激怒して帰って行った。
祥子が塩を撒き始めた。
「社長、お清めしましょうね?」
「祥子、メシでも食いながら作戦会議だ。村山も呼べ」
「かしこまりました。『桔梗茶寮』を予約しておきます」
「頼む」
祥子はうれしそうに笑ったが、俺は笑わなかった。
「いいえ、何も」
「そうか?」
「残念ですが、そんな沢村さん、私は嫌いじゃありません」
「祥子」
「何でしょう?」
「ありがとな」
「何のことでしょう? 失礼します」
祥子はそのまま女子トイレに駆け込み、周囲に誰もいないことを確認して泣いた。
ブースに籠り、声を殺して泣いた。
その涙は、本当は直子を傍に置いておきたい杉田の想いと、会社の安泰と杉田を守りたいという苦渋の選択、そして杉田をそれほどまでに深く愛している直子への嫉妬の涙だった。
総務部長の村山と証券会社の常務、木戸が暗い面持ちでやって来た。
「社長、大変です。うちの会社の株が何者かによって大量に買い進められています。すでに15%の株が取得されてしまいました」
「この勢いで買い進められていくと51%に達し、経営権を奪われることも時間の問題です」
「乗っ取りか? そんなアホなことをするのはアイツくらいなもんだろうな?」
「社長はご存知なんですか?」
「吉田だよ。ヘビみたいな野郎だな?」
「TOBになる可能性があるかと」
「公開買付か? そんなに欲しけりゃくれてやるのにな?
アイツの目的は俺を社長の座から引き摺り下ろし、この会社を自由にしたいだけだ。俺への復讐だよ」
「社長、そんな呑気なことを!」
岩倉がこの木戸常務に勧められ、10年前に東証二部に株式を上場させたが、俺はその時だけは反対した。
今回のように乗っ取りの危険や、株主たちの顔色を見て会社経営をするのが面倒だったからだ。
だが、業務拡大の為にはカネが必要だった。
証券会社の木戸は慌てていたが、村山は冷静だった。
俺に何か策があるのだろうと踏んでいるようだ。
数日後、吉田が会社へやって来た。
受付から田子倉に連絡が入った。
「秘書課長、吉田前専務が社長にお会いしたいと仰っていますが」
「ちょっと待ってて」
田子倉は内線で杉田にその旨を伝えた。
「社長、吉田が社長にお会いしたいと下に来ておりますが、いかがなさいますか?」
「来たか? 通してくれ」
「かしこまりました」
吉田が秘書室の祥子の前にやってくると、
「お久しぶりです、田子倉社長秘書さん。
相変わらずお美しい」
「吉田さんも相変わらず悪い人相をされていますね? コソコソと泥棒でもされているのですか? それとも強盗かしら?」
田子倉は立ち上がり、社長室のドアを3回ノックした。
「吉田さんがお見えになりました」
「通せ」
吉田は勝ち誇ったような表情で、悠然とソファに座った。
「ご無沙汰しています。お元気そうで何よりです、杉田さん」
「株を買い占めているんだってな?」
「はい、大分集まりました。
あとはTOBで一気に行かせていただきます。
杉田さん、あなたは甘い。
敵は最後まで息の根を止めておかないと、私のようにしぶとい獰猛で有能なライオンもおりますからなあ」
「ライオンじゃなくて、間抜けな野良ネコじゃねえのか? そんなに欲しけりゃくれてやるよ、この『イワスギホーム』をよ。
お前の好きにすればいい、どうせすぐに潰れてしまうだろうがな?」
吉田の表情が変わった。
「好きにさせてもらいますよ、あなたには散々煮え湯を飲まされましたからね? あなたはもう終わりだ。いくらあなたでも今度ばかりは無理ですよ。資金力が違う。それとも気の利いたホワイトナイトでも呼びますか?」
そこへ田子倉が珈琲を持ってやって来た。
「失礼いたします」
田子倉は吉田の前にそれを静かに置いた。
吉田は緊張のせいか、すぐにその珈琲に手をつけた。
「うっ、何だこれは!」
「お砂糖の代わりにお塩を入れておきました。お清めです。
あら、少なかったですか? そのまま直にお掛けしますか?」
「おまえたちはもう終わりだ! ジ・エンドだよ!」
吉田は激怒して帰って行った。
祥子が塩を撒き始めた。
「社長、お清めしましょうね?」
「祥子、メシでも食いながら作戦会議だ。村山も呼べ」
「かしこまりました。『桔梗茶寮』を予約しておきます」
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