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第13話 雪降る城下町
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「じゃあ、行くね?」
「気を付けて帰るのよ」
「うん、お母さん・・・」
「なーに?」
「ううん、なんでもない、元気でね」
「何よ、もう会えないみたいに」
私はそれを誤魔化すように言った。
「これから会津を散歩して帰ります。
今度はお義父さんと一緒に東京見物にも来て下さい」
「ありがとう、寛之さん。
ゴールデンウィークにでも遊びに行かせてもらうわね。
会津には何もないから。デパートも無くなったし」
「デパートなんか要らないわよ。
猪苗代湖があって磐梯山があって、おいしい空気があれば」
「華絵、悩みがあればいつでも言いなさいよ、親子なんだから」
「うん、ありがとう、お母さん」
華絵は心の中でこう言ったはずだ。
(私、死んじゃうんだよ。
お母さんと会えるのはこれが最後だと思う。
さようなら、お母さん)
親よりも先に死ぬ。
それほどの親不孝があるだろうか。
クルマの中で華絵は泣いていた。
「あれで良かったのか?」
「とても言えなかったわ・・・。
親子なのにね?」
「親子だから言えないこともあるよ」
「そうだね。
ねえ、お城に行ってみない?」
「懐かしいなあ、鶴ヶ城」
鶴ヶ城は平日ということもあり、観光客は疎らだった。
城も、本丸も真っ白な雪景色になっていた。
「高校生の時、よくお城を部活で走ったなあ」
「子供の頃、お城の市民プールで泳いだ帰りに、水飴を買ったっけなあ。
コンビニもない時代だったから、自転車で行商をしていた水飴売りのオッサンがいただけだもんな?」
「うん、私も覚えている。
ついつられて買っちゃうんだよね?
お花見にもよく来たよね?」
「華絵がプレゼントしてくれた、ペアルックの黄色いトレーナーを着てな? 若かったよなあ」
「ねえ覚えてる? お濠の手漕ぎボート?」
「もちろん。近くの女子高生たちに冷やかされたよな? 今もあるのかなあ? お濠のボート?」
「行ってみようよ」
だが、そこにはボートも店も無くなっていた。
「がっかり、またヒロとボートに乗りたかったのに」
「冬にか? ボートに乗って、帰りに店でところ天も食べたよな?」
「ところ天かあ、なんで食べたんだろうね?」
「それしかなかったんだよ。あと瓶のラムネぐらいしか」
凍った雪道で転ばぬようにと、私は華絵と手を繋ぎ、散策を続けた。
石綿のような重い灰色の空に、雪が舞い始めていた。
夫婦とは何だろう?
人生は海をゆく船のようなものだ。
晴れの穏やかな航海もあれば、荒れ狂い、牙を剥く海の中を進む航海もある。
そんな人生の航海を楽しみ、そして嵐の海を乗り越えるために夫婦がいるのではないのだろうか?
だが、その大切な人生のパートナーが、船から連れ去られようとしている。
航海士が夫なら、機関士は妻なのかもしれない。
機関士のいない船で、私はこれからどうやって人生の航海を続けて行けばいいのだろう。
俺はまだ、華絵に何もしてやれてはいない。
自分の船長になるという夢のために、私は今まで華絵の人生を犠牲にして来た。
それは夫婦とは言えない。俺は華絵をただの「お手伝いさん」にしてしまった。
「寒くなってきたから、何か温かい物でも食べよう。
何が食べたい?」
「お蕎麦でもいい?」
「それなら『桐屋』に行こうか?」
華絵はきつね蕎麦を、私は盛り蕎麦を食べた。
「この寒いのに盛り蕎麦? ヘンな人」
「蕎麦ならやっぱりこれなんだよなあ、俺は」
私は軽やかに音を立てて蕎麦を啜った。
「いつも感心するけど、ヒロはなんでも美味しそうに食べるね?」
「そうか? 江戸っ子は蕎麦を全部蕎麦猪口に浸けないで食べる人が多いが、そんな江戸っ子も、死ぬ前には一度でいいから蕎麦をタレにドボンと沈めて食べてみたいそうだ。
粋な江戸っ子の痩せ我慢なのかもしれないな?」
私は「死ぬ前に」と言ってしまったことを後悔した。
それを察した華絵が言った。
「お饅頭の天ぷら、食べる?」
「イカの天ぷらも頼むよ。塩イカの天ぷら」
「あれ、美味しいもんね? ねえ、お蕎麦を食べたら『スウィング・スクエア』でお茶してから帰らない?」
「まだあるのかなあ? あの店」
蕎麦を食べながら華絵に訊いた。
「身体、大丈夫か?」
「うん、行ってみたいの。ヒロとよく行った『スウィング・スクエア』に」
そこは昔の銀行を改装した、大正ロマンがコンセプトの地下にある純喫茶だった。
「あまり変わってはいないね? メニューも殆ど当時のままだし」
「変わらないということは、自信でもあるからな? 変えたくない、変えなくてもいいという自信。
よくデートに来たよな? この店に。
あの頃はクルマも免許も無くて、一日中歩き回っていろんな喫茶店に行ったよな?」
「水曜日の夜にはJAZZの生演奏もやっていたわよね? 今もまだやってるのかしら?」
「どうだろう? あれからかなり経つからな?」
「若かったね? 私たち」
「華絵は今も若いよ」
「もうおばさんだよ」
華絵はお気に入りのウインナーコーヒーを飲んだ。
青春の残骸の中に埋もれ、私はそんな華絵に見惚れていた。
「気を付けて帰るのよ」
「うん、お母さん・・・」
「なーに?」
「ううん、なんでもない、元気でね」
「何よ、もう会えないみたいに」
私はそれを誤魔化すように言った。
「これから会津を散歩して帰ります。
今度はお義父さんと一緒に東京見物にも来て下さい」
「ありがとう、寛之さん。
ゴールデンウィークにでも遊びに行かせてもらうわね。
会津には何もないから。デパートも無くなったし」
「デパートなんか要らないわよ。
猪苗代湖があって磐梯山があって、おいしい空気があれば」
「華絵、悩みがあればいつでも言いなさいよ、親子なんだから」
「うん、ありがとう、お母さん」
華絵は心の中でこう言ったはずだ。
(私、死んじゃうんだよ。
お母さんと会えるのはこれが最後だと思う。
さようなら、お母さん)
親よりも先に死ぬ。
それほどの親不孝があるだろうか。
クルマの中で華絵は泣いていた。
「あれで良かったのか?」
「とても言えなかったわ・・・。
親子なのにね?」
「親子だから言えないこともあるよ」
「そうだね。
ねえ、お城に行ってみない?」
「懐かしいなあ、鶴ヶ城」
鶴ヶ城は平日ということもあり、観光客は疎らだった。
城も、本丸も真っ白な雪景色になっていた。
「高校生の時、よくお城を部活で走ったなあ」
「子供の頃、お城の市民プールで泳いだ帰りに、水飴を買ったっけなあ。
コンビニもない時代だったから、自転車で行商をしていた水飴売りのオッサンがいただけだもんな?」
「うん、私も覚えている。
ついつられて買っちゃうんだよね?
お花見にもよく来たよね?」
「華絵がプレゼントしてくれた、ペアルックの黄色いトレーナーを着てな? 若かったよなあ」
「ねえ覚えてる? お濠の手漕ぎボート?」
「もちろん。近くの女子高生たちに冷やかされたよな? 今もあるのかなあ? お濠のボート?」
「行ってみようよ」
だが、そこにはボートも店も無くなっていた。
「がっかり、またヒロとボートに乗りたかったのに」
「冬にか? ボートに乗って、帰りに店でところ天も食べたよな?」
「ところ天かあ、なんで食べたんだろうね?」
「それしかなかったんだよ。あと瓶のラムネぐらいしか」
凍った雪道で転ばぬようにと、私は華絵と手を繋ぎ、散策を続けた。
石綿のような重い灰色の空に、雪が舞い始めていた。
夫婦とは何だろう?
人生は海をゆく船のようなものだ。
晴れの穏やかな航海もあれば、荒れ狂い、牙を剥く海の中を進む航海もある。
そんな人生の航海を楽しみ、そして嵐の海を乗り越えるために夫婦がいるのではないのだろうか?
だが、その大切な人生のパートナーが、船から連れ去られようとしている。
航海士が夫なら、機関士は妻なのかもしれない。
機関士のいない船で、私はこれからどうやって人生の航海を続けて行けばいいのだろう。
俺はまだ、華絵に何もしてやれてはいない。
自分の船長になるという夢のために、私は今まで華絵の人生を犠牲にして来た。
それは夫婦とは言えない。俺は華絵をただの「お手伝いさん」にしてしまった。
「寒くなってきたから、何か温かい物でも食べよう。
何が食べたい?」
「お蕎麦でもいい?」
「それなら『桐屋』に行こうか?」
華絵はきつね蕎麦を、私は盛り蕎麦を食べた。
「この寒いのに盛り蕎麦? ヘンな人」
「蕎麦ならやっぱりこれなんだよなあ、俺は」
私は軽やかに音を立てて蕎麦を啜った。
「いつも感心するけど、ヒロはなんでも美味しそうに食べるね?」
「そうか? 江戸っ子は蕎麦を全部蕎麦猪口に浸けないで食べる人が多いが、そんな江戸っ子も、死ぬ前には一度でいいから蕎麦をタレにドボンと沈めて食べてみたいそうだ。
粋な江戸っ子の痩せ我慢なのかもしれないな?」
私は「死ぬ前に」と言ってしまったことを後悔した。
それを察した華絵が言った。
「お饅頭の天ぷら、食べる?」
「イカの天ぷらも頼むよ。塩イカの天ぷら」
「あれ、美味しいもんね? ねえ、お蕎麦を食べたら『スウィング・スクエア』でお茶してから帰らない?」
「まだあるのかなあ? あの店」
蕎麦を食べながら華絵に訊いた。
「身体、大丈夫か?」
「うん、行ってみたいの。ヒロとよく行った『スウィング・スクエア』に」
そこは昔の銀行を改装した、大正ロマンがコンセプトの地下にある純喫茶だった。
「あまり変わってはいないね? メニューも殆ど当時のままだし」
「変わらないということは、自信でもあるからな? 変えたくない、変えなくてもいいという自信。
よくデートに来たよな? この店に。
あの頃はクルマも免許も無くて、一日中歩き回っていろんな喫茶店に行ったよな?」
「水曜日の夜にはJAZZの生演奏もやっていたわよね? 今もまだやってるのかしら?」
「どうだろう? あれからかなり経つからな?」
「若かったね? 私たち」
「華絵は今も若いよ」
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