★【完結】冬の線香花火(作品230620)

菊池昭仁

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第15話 鳴らないジングルベル

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 クリスマス・イブが近づいていた。

 私と華絵は玄関にオーナメントを飾り、今年は私の背丈ほどもあるクリスマスツリーを飾っていた。
 神の奇跡を信じて。

 クリスマスは海外にいることが多く、華絵との日本でのクリスマスは久しぶりだった。
 そしておそらく、これが最後の華絵とのクリスマスになるだろう。
 

 「何年ぶりかしらね? 夫婦一緒のクリスマスなんて」
 「海外では宗教的な儀式としての意味あいが強いが、日本でのクリスマスはファッションだからな?」
 「外国のクリスマスって、素敵なんだろうなあ」

 華絵は小さなサンタクロースをツリーに掛けた。

 「ロンドンではクリスマスツリーを象ったイルミネーションが、まるで空中に浮かんでいるように飾られていたなあ。
 でもね、ヨーロッパでのクリスマスは静かで荘厳な、「聖なる夜」なんだよ。
 フランスのドーバー海峡の近くにあるディエッペのクリスマスの朝は、街に薄っすらと靄がかかり、街全体が青銅色になって、あちらこちらの教会の鐘が鳴るんだよ。とても幻想的なクリスマスの朝だった」

 私と華絵は電飾をツリーに巻き付け始めた。

 「そんなクリスマス、私も観てみたいなあ」
 「行こうよ、今度一緒に」
 「うん、楽しみにしてる」

 華絵は寂しそうに笑った。
 それは出来ない約束だったからだ。


 ようやくツリーの飾り付けも終わり、私はツリーを点灯させてみた。


 「きれい・・・」
 
 私は華絵の肩を抱いた。

 「ふたりで写真、撮ろうよ」
 「じゃあ、ちょっと待ってて」

 華絵は寝室に行くと、お気に入りの服に着替えて髪を整え、口紅も引いていた。
 

 「お待たせ、お待たせ」
 
 私たちは精一杯の笑顔で何枚も写真を撮った。

 「今度は私一人だけで撮って」

 華絵は自分の遺影を撮るつもりだったのだ。
 私はカメラを構えた。
 死を目前にした華絵は、儚くも美しかった。
 私は何度もシャッターを切った。


 「ねえ、見せて見せて」

 私はデジカメの画像をスキップして華絵に見せた。

 「うん、なかなか良く撮れてる」
 「カメラマンの腕がいいからな?」
 「モデルもね?」

 こんなに楽しそうに笑う人間が、本当に死んでしまうのだろうか? 
  


 夕食を終え、私は食器を洗いながら華絵に話し掛けた。

 「明日の朝はパンでいいかな?」

 華絵は私に背を向けてソファに座り、テレビのグルメ番組を観ていた。

 「うん、サンドイッチがいいなあ。
 ごめんなさいね、ご飯まで作ってもらって、その上お皿まで洗わせちゃって」
 「俺、キッチンに立つのは好きだから気にしなくてもいいよ。
 船を下りてレストランでもやろうかな? ハナと一緒に」

 それは半分本気だった。
 私は航海士を辞めるつもりだった。

 「ヒロはコックさんの帽子も似合いそうだもんね?」
 「俺はなんでも似合う男だからな?」
 「いいなあ、ヒロと一緒にレストランをやるなんて。
 このテレビに出ている小さなレストランの夫婦みたいにね? 憧れるなあ」
 「下町でお洒落なビストロをハナと一緒にやりたいなあ?」
 「メニューは何にするの?」
 「ハンバーグとミートソース、それからカレーとラーメン」
 「ビストロでラーメン? おかしくない?」
 「だってハナが好きだから」
 「うふふ、ありがとう、ヒロ」
 
 ハナは私を振り返って笑った。


 その後、しばらく会話が途絶えたので、私は華絵の名を呼んだ。

 「ハナ?」

 返事がない。
 
 「ハナ!」

 私は洗い物の手を止め、ソファに駆け寄ると華絵が気を失っていた。
 私はすぐに救急車を呼んだ。

 「しっかりしろ、ハナ! 今、救急車を呼んだからな!」
 「・・・あり、がと、う・・・、あなた・・・」



 病院に着くと、すぐに救命処置が施されたが、私は医師から想定していた通りの言葉を告げられた。
 
 「会わせてあげたい人がいらっしゃれば、ご連絡をしてあげて下さい」

 沈痛な面持ちで医師は言った。
 私はすぐに会津の義母に連絡をした。

 「お義母さん、華絵が、華絵が危篤、です・・・」
 「分かったわ、これからすぐに行くから病院の場所を教えて」

 意外にも義母は冷静だった。



 点滴や心臓のモニター、酸素吸入機などに繋がれた華絵。
 意識は混濁していて、もう会話にはならなかった。
 私はずっと手を握り、華絵を励まし続けた。

 「華絵、お母さんが来るからな、がんばれ華絵」

 毛布を掛けた華絵のカラダは、とても薄く感じた。
 華絵との沢山の思い出が蘇って来る。
 私たちは喧嘩らしい喧嘩などしたことがなかった。
 思い浮かぶのは楽しかった思い出ばかりだった。
 夫婦愛とは一緒にいる時間の長さではなく、相手を想う気持ちの深さだ。
 華絵の穏やかな寝顔を見て、私はそう思うことにした。


 義母夫婦が病院に到着した。
 
 「華絵! お母さんよ!」

 すると奇跡的に華絵の意識が戻った。

 「お、母さん・・・」

 義母は華絵の頬を撫で、涙を流した。

 「どうしてなの? まだこれからじゃないの? ハナの人生は・・・。
 私が代ってあげたい・・・、華絵と。
 早すぎるでしょう? どうして、華絵が・・・」

 義母は華絵に覆い被さるように縋って泣いた。
 私と義母は華絵の手をそれぞれ握った。

 「寛之、お母さん・・・、今まで、本当に、ありがとう。
 しあわせだったよ、ずっと・・・」
 「華絵!」
 「華絵ちゃん! お母さんよ! ここにいるからね! 返事をして! お願い! 返事をして頂戴!」
 「華絵ーーーーーーーーーっつ!」
 


 華絵は天国へと旅立って逝った。

 クリスマス・イブを待つこともなく、眠るように。
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