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第15話 鳴らないジングルベル
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クリスマス・イブが近づいていた。
私と華絵は玄関にオーナメントを飾り、今年は私の背丈ほどもあるクリスマスツリーを飾っていた。
神の奇跡を信じて。
クリスマスは海外にいることが多く、華絵との日本でのクリスマスは久しぶりだった。
そしておそらく、これが最後の華絵とのクリスマスになるだろう。
「何年ぶりかしらね? 夫婦一緒のクリスマスなんて」
「海外では宗教的な儀式としての意味あいが強いが、日本でのクリスマスはファッションだからな?」
「外国のクリスマスって、素敵なんだろうなあ」
華絵は小さなサンタクロースをツリーに掛けた。
「ロンドンではクリスマスツリーを象ったイルミネーションが、まるで空中に浮かんでいるように飾られていたなあ。
でもね、ヨーロッパでのクリスマスは静かで荘厳な、「聖なる夜」なんだよ。
フランスのドーバー海峡の近くにあるディエッペのクリスマスの朝は、街に薄っすらと靄がかかり、街全体が青銅色になって、あちらこちらの教会の鐘が鳴るんだよ。とても幻想的なクリスマスの朝だった」
私と華絵は電飾をツリーに巻き付け始めた。
「そんなクリスマス、私も観てみたいなあ」
「行こうよ、今度一緒に」
「うん、楽しみにしてる」
華絵は寂しそうに笑った。
それは出来ない約束だったからだ。
ようやくツリーの飾り付けも終わり、私はツリーを点灯させてみた。
「きれい・・・」
私は華絵の肩を抱いた。
「ふたりで写真、撮ろうよ」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
華絵は寝室に行くと、お気に入りの服に着替えて髪を整え、口紅も引いていた。
「お待たせ、お待たせ」
私たちは精一杯の笑顔で何枚も写真を撮った。
「今度は私一人だけで撮って」
華絵は自分の遺影を撮るつもりだったのだ。
私はカメラを構えた。
死を目前にした華絵は、儚くも美しかった。
私は何度もシャッターを切った。
「ねえ、見せて見せて」
私はデジカメの画像をスキップして華絵に見せた。
「うん、なかなか良く撮れてる」
「カメラマンの腕がいいからな?」
「モデルもね?」
こんなに楽しそうに笑う人間が、本当に死んでしまうのだろうか?
夕食を終え、私は食器を洗いながら華絵に話し掛けた。
「明日の朝はパンでいいかな?」
華絵は私に背を向けてソファに座り、テレビのグルメ番組を観ていた。
「うん、サンドイッチがいいなあ。
ごめんなさいね、ご飯まで作ってもらって、その上お皿まで洗わせちゃって」
「俺、キッチンに立つのは好きだから気にしなくてもいいよ。
船を下りてレストランでもやろうかな? ハナと一緒に」
それは半分本気だった。
私は航海士を辞めるつもりだった。
「ヒロはコックさんの帽子も似合いそうだもんね?」
「俺はなんでも似合う男だからな?」
「いいなあ、ヒロと一緒にレストランをやるなんて。
このテレビに出ている小さなレストランの夫婦みたいにね? 憧れるなあ」
「下町でお洒落なビストロをハナと一緒にやりたいなあ?」
「メニューは何にするの?」
「ハンバーグとミートソース、それからカレーとラーメン」
「ビストロでラーメン? おかしくない?」
「だってハナが好きだから」
「うふふ、ありがとう、ヒロ」
ハナは私を振り返って笑った。
その後、しばらく会話が途絶えたので、私は華絵の名を呼んだ。
「ハナ?」
返事がない。
「ハナ!」
私は洗い物の手を止め、ソファに駆け寄ると華絵が気を失っていた。
私はすぐに救急車を呼んだ。
「しっかりしろ、ハナ! 今、救急車を呼んだからな!」
「・・・あり、がと、う・・・、あなた・・・」
病院に着くと、すぐに救命処置が施されたが、私は医師から想定していた通りの言葉を告げられた。
「会わせてあげたい人がいらっしゃれば、ご連絡をしてあげて下さい」
沈痛な面持ちで医師は言った。
私はすぐに会津の義母に連絡をした。
「お義母さん、華絵が、華絵が危篤、です・・・」
「分かったわ、これからすぐに行くから病院の場所を教えて」
意外にも義母は冷静だった。
点滴や心臓のモニター、酸素吸入機などに繋がれた華絵。
意識は混濁していて、もう会話にはならなかった。
私はずっと手を握り、華絵を励まし続けた。
「華絵、お母さんが来るからな、がんばれ華絵」
毛布を掛けた華絵のカラダは、とても薄く感じた。
華絵との沢山の思い出が蘇って来る。
私たちは喧嘩らしい喧嘩などしたことがなかった。
思い浮かぶのは楽しかった思い出ばかりだった。
夫婦愛とは一緒にいる時間の長さではなく、相手を想う気持ちの深さだ。
華絵の穏やかな寝顔を見て、私はそう思うことにした。
義母夫婦が病院に到着した。
「華絵! お母さんよ!」
すると奇跡的に華絵の意識が戻った。
「お、母さん・・・」
義母は華絵の頬を撫で、涙を流した。
「どうしてなの? まだこれからじゃないの? ハナの人生は・・・。
私が代ってあげたい・・・、華絵と。
早すぎるでしょう? どうして、華絵が・・・」
義母は華絵に覆い被さるように縋って泣いた。
私と義母は華絵の手をそれぞれ握った。
「寛之、お母さん・・・、今まで、本当に、ありがとう。
しあわせだったよ、ずっと・・・」
「華絵!」
「華絵ちゃん! お母さんよ! ここにいるからね! 返事をして! お願い! 返事をして頂戴!」
「華絵ーーーーーーーーーっつ!」
華絵は天国へと旅立って逝った。
クリスマス・イブを待つこともなく、眠るように。
私と華絵は玄関にオーナメントを飾り、今年は私の背丈ほどもあるクリスマスツリーを飾っていた。
神の奇跡を信じて。
クリスマスは海外にいることが多く、華絵との日本でのクリスマスは久しぶりだった。
そしておそらく、これが最後の華絵とのクリスマスになるだろう。
「何年ぶりかしらね? 夫婦一緒のクリスマスなんて」
「海外では宗教的な儀式としての意味あいが強いが、日本でのクリスマスはファッションだからな?」
「外国のクリスマスって、素敵なんだろうなあ」
華絵は小さなサンタクロースをツリーに掛けた。
「ロンドンではクリスマスツリーを象ったイルミネーションが、まるで空中に浮かんでいるように飾られていたなあ。
でもね、ヨーロッパでのクリスマスは静かで荘厳な、「聖なる夜」なんだよ。
フランスのドーバー海峡の近くにあるディエッペのクリスマスの朝は、街に薄っすらと靄がかかり、街全体が青銅色になって、あちらこちらの教会の鐘が鳴るんだよ。とても幻想的なクリスマスの朝だった」
私と華絵は電飾をツリーに巻き付け始めた。
「そんなクリスマス、私も観てみたいなあ」
「行こうよ、今度一緒に」
「うん、楽しみにしてる」
華絵は寂しそうに笑った。
それは出来ない約束だったからだ。
ようやくツリーの飾り付けも終わり、私はツリーを点灯させてみた。
「きれい・・・」
私は華絵の肩を抱いた。
「ふたりで写真、撮ろうよ」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
華絵は寝室に行くと、お気に入りの服に着替えて髪を整え、口紅も引いていた。
「お待たせ、お待たせ」
私たちは精一杯の笑顔で何枚も写真を撮った。
「今度は私一人だけで撮って」
華絵は自分の遺影を撮るつもりだったのだ。
私はカメラを構えた。
死を目前にした華絵は、儚くも美しかった。
私は何度もシャッターを切った。
「ねえ、見せて見せて」
私はデジカメの画像をスキップして華絵に見せた。
「うん、なかなか良く撮れてる」
「カメラマンの腕がいいからな?」
「モデルもね?」
こんなに楽しそうに笑う人間が、本当に死んでしまうのだろうか?
夕食を終え、私は食器を洗いながら華絵に話し掛けた。
「明日の朝はパンでいいかな?」
華絵は私に背を向けてソファに座り、テレビのグルメ番組を観ていた。
「うん、サンドイッチがいいなあ。
ごめんなさいね、ご飯まで作ってもらって、その上お皿まで洗わせちゃって」
「俺、キッチンに立つのは好きだから気にしなくてもいいよ。
船を下りてレストランでもやろうかな? ハナと一緒に」
それは半分本気だった。
私は航海士を辞めるつもりだった。
「ヒロはコックさんの帽子も似合いそうだもんね?」
「俺はなんでも似合う男だからな?」
「いいなあ、ヒロと一緒にレストランをやるなんて。
このテレビに出ている小さなレストランの夫婦みたいにね? 憧れるなあ」
「下町でお洒落なビストロをハナと一緒にやりたいなあ?」
「メニューは何にするの?」
「ハンバーグとミートソース、それからカレーとラーメン」
「ビストロでラーメン? おかしくない?」
「だってハナが好きだから」
「うふふ、ありがとう、ヒロ」
ハナは私を振り返って笑った。
その後、しばらく会話が途絶えたので、私は華絵の名を呼んだ。
「ハナ?」
返事がない。
「ハナ!」
私は洗い物の手を止め、ソファに駆け寄ると華絵が気を失っていた。
私はすぐに救急車を呼んだ。
「しっかりしろ、ハナ! 今、救急車を呼んだからな!」
「・・・あり、がと、う・・・、あなた・・・」
病院に着くと、すぐに救命処置が施されたが、私は医師から想定していた通りの言葉を告げられた。
「会わせてあげたい人がいらっしゃれば、ご連絡をしてあげて下さい」
沈痛な面持ちで医師は言った。
私はすぐに会津の義母に連絡をした。
「お義母さん、華絵が、華絵が危篤、です・・・」
「分かったわ、これからすぐに行くから病院の場所を教えて」
意外にも義母は冷静だった。
点滴や心臓のモニター、酸素吸入機などに繋がれた華絵。
意識は混濁していて、もう会話にはならなかった。
私はずっと手を握り、華絵を励まし続けた。
「華絵、お母さんが来るからな、がんばれ華絵」
毛布を掛けた華絵のカラダは、とても薄く感じた。
華絵との沢山の思い出が蘇って来る。
私たちは喧嘩らしい喧嘩などしたことがなかった。
思い浮かぶのは楽しかった思い出ばかりだった。
夫婦愛とは一緒にいる時間の長さではなく、相手を想う気持ちの深さだ。
華絵の穏やかな寝顔を見て、私はそう思うことにした。
義母夫婦が病院に到着した。
「華絵! お母さんよ!」
すると奇跡的に華絵の意識が戻った。
「お、母さん・・・」
義母は華絵の頬を撫で、涙を流した。
「どうしてなの? まだこれからじゃないの? ハナの人生は・・・。
私が代ってあげたい・・・、華絵と。
早すぎるでしょう? どうして、華絵が・・・」
義母は華絵に覆い被さるように縋って泣いた。
私と義母は華絵の手をそれぞれ握った。
「寛之、お母さん・・・、今まで、本当に、ありがとう。
しあわせだったよ、ずっと・・・」
「華絵!」
「華絵ちゃん! お母さんよ! ここにいるからね! 返事をして! お願い! 返事をして頂戴!」
「華絵ーーーーーーーーーっつ!」
華絵は天国へと旅立って逝った。
クリスマス・イブを待つこともなく、眠るように。
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